短編小説

□君の隣にいさせて
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「いらっしゃいませ〜」

初めてしたバイトがコンビニのバイトでよかったなぁ、なんて思った。レストランともなればここ以上の接客スキルを必要とされるから、いきなり俺にはハードルが高い。出勤時間や学生たちが行き交う朝にはパタパタと忙しくはなったりするが、それも最初よりは慣れた気がする。まだ、気がする、レベルではあるけど。

俺よりも年下ではあるがバイト歴一年になる楓ちゃんは高校生2年であるが、派手な見た目に反してなかなかの真面目っぷりである。真面目とは言いつつも、こと恋愛話になるとテンションは上がり、最近のアイドルや若手俳優などの話題には飛びつくような、そんな今時の女子高生である。
コミュ障な俺にもそれとなく話をしてくれるいい子なのである。
今日のシフトは楓ちゃんと一緒なのは、まあいいとする。しかし今日はあいつがくるのだ。
「なーんかテンション低くないですか?榎本さん」
「あ〜なんでもないよ、ごめんごめん」

榎本さん、ってのは俺ね。いかんいかん、仕事中に考え事など。そうしていると聞きなれた音楽に合わせてコンビニの扉があいた。…うわ、出た。

「…いらっしゃいませ〜」

幽霊が出たわけではないけど、俺は変な汗が出てくるような気がした。自動扉から入ってきたのはイケメンな俺の親友、尚也だった。店の外から見ていたのか、入ってくるなり俺の方を見てにやにや顔を隠そうともしていない。くそ、なんでそんな嬉しそうにみるかな。好きな奴に仕事中のかっこを見られる恥ずかしさといったらない。

「ちょ、あの人超かっこよくないですか?!めっちゃ爽やか〜!てかこっち見てないですか?」
「あ〜、うん、かっこいいね」
うん、そりゃあかっこいいよ。なんたって俺の親友で好きな人だから。なーんて言えるはずないけど。まあ、自分の親友が褒められるのは悪い気がしないし、むしろ嬉しい。
楓ちゃんはイケメンの襲来にやたらとテンションが上がったようで、背筋を伸ばしてレジでスタンバイしていた。わかりやすいとこも、この子のかわいくて魅力の一つなんだろうな、と思わず笑ってしまった。
「やっぱ榎本さんもそう思いますよね!わ!こっちくる〜!」

なんだと。できたら俺がレジはしたくないので、それとなく俺は奥の方に隠れようとしたが、まあ、そんなことできるはずもなく…
「岬、なんで隠れるの」
「…な、尚也」
「せっかく会いに来たのに」
「…いや、俺仕事中だから」

スタンバイしていた楓ちゃんは俺がイケメンと知り合いなのが珍しいのか、俺と尚也を交互に凝視していた。てか尚也はなんでそんな俺をみて嬉しそうにしてるんだよ。イケメンがにやけ顔するな!幻滅するぞ女子が。
「岬…制服姿かわいい…」
「…視力大丈夫?」
「もー照れんなって」
「…198円です」

もう何言っても俺をからかう気だな、こいつは。尚也が差し出したジュースのバーコードを読み取りさっさとこの場をやり過ごそうとした。俺としては尚也がわざわざバイト先まで来てくれたのはすげーうれしいんだけど、気恥ずかしさとか、楓ちゃんの前に尚也をあんまり見せなくないな、とかそういうのもあって素直に来てくれてありがとうだなんて言えなかった。

「つれないなー岬」
「あ、の、榎本さんのお知り合いの方、ですか?」
「ん、そうですけど」
俺と尚也の一連のやりとりを見ていたのか、少し顔を赤らめた楓ちゃんがおずおずと尚也に話しかける。尚也は相変わらずの人懐こい雰囲気で楓ちゃんの方に向き直る。
「あ、の!わたし榎本さんと一緒に働いてるバイトの宮城楓といいます。はじめまして」
「こんにちは、俺は岬の友達の笹川尚也といいます。いつも岬がお世話になってます」
そう言って二人は互いに深くお辞儀をし合っていた。なんかむず痒いな、このやりとりを見てるのも。そして楓ちゃん、やっぱしっかりしてるなあ。さすがバイトしてるだけある。
俺はさっさとその間にレジを済ませると、横にいた楓ちゃんに耳打ちをされた。
「もう!榎本さんこんなかっこいいお友達いるなら教えてくださいよ〜!びっくりしました」
「いや、こいつにバイトしてること、昨日教えたばっかだから」
「え!昨日教えて今日来られてるんですか?超仲良しじゃん」
「だろ、びっくりだろ」
俺自身が一番驚いてるからね、まじで。こいつシフト教えろ教えろってやたら言うから直近は明日だ、って教えたらもうすぐに来るって言うから。そこでほんとに来るあたり律儀だなとか思う。
そうして楓ちゃんと話していると視線を感じた。みると何やら機嫌が悪くなった尚也が俺たちをじっと凝視していた。
「尚也、来てくれて嬉しいんだけど、仕事中だからさ、また明日学校でな」
来てくれて嬉しいのは、もちろんだ。むしろほんとに来てくれて、たまらないくらい嬉しい。もうできるなら抱きしめたいくらいに。けど仕事中だし、仕事中でなくても恥ずかしさが振り切れるから無理。
「バイト終わるの何時?」
「は?」
「だから何時」
「え、…21時…」
「じゃあそれくらいに来るわ」
「は?」

来た時の笑顔はどこに忘れていったのか、不機嫌さを隠しもせずに尚也はそれだけ言い残し、店をでて行った。
楓ちゃんが口元に手を当ててやたら嬉しそうにしていたのは聞いてはいけない気がしたから、スルーしておいた。
てか、尚也なんなんだ?俺は悶々としたまま就業を続けることになった。
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