短編小説
□あなたまでもうすこし
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俺のお兄ちゃんは最高にかっこよくて最高にやさしい。
お兄ちゃんと言っても、俺は一人っ子だ。
樹(いつき)兄ちゃんは俺の叔母さんの息子、つまりは俺と樹兄ちゃんは従兄弟同士だ。
「なー樹兄ちゃん俺と暮らそうよー」
「ん〜?だめだめ。俺の食生活がのぶにうつったら俺が母さんにどやされるんだから」
にこにこした顔で俺の精一杯の誘いを断られてしまう。
樹兄ちゃんはいつも俺のアピールをその綺麗な顔でかわしてくる。
はあ…俺はその笑顔に弱いんだよねー。
樹兄ちゃんは一人暮らしをしていて、俺の家の近くに住んでいる。大学2年の俺とは5歳離れていて、25歳で。スーツの似合う社会人だ。
樹兄ちゃんの生活能力の無さは俺がよく知っている。家に遊びに行かせてもらった時、愕然とした。これが人の住む家なのか…って思ったりしたのは兄ちゃんには内緒だ。
「叔母さん、いつもありがとうねー」
「いいのよ、いっちゃん」
いっちゃん、っていうのは兄ちゃんのことね。インスタントで済ませる兄ちゃんを見かねた俺の母さんが、たまにこうやって夕食に招待している。母さん、グッジョブ。
いっちゃん、って俺も呼びたいけど、高校の時からそう呼ぶのはやめた。
兄ちゃんを「そういう」対象として見る自分を自覚してからは、気恥ずかしくてやめたのだ。
それにしても、兄ちゃんはほんと…昔から変わらずかっこいいよな。
「のぶ、」
「へ」
ぼーっと兄ちゃんの顔を眺めていると、不意に綺麗な指が俺の口元のご飯粒を拭って…
「あ」
……そのまま兄ちゃんの口元へ俺のご飯粒は消えた。
…もう、そういうことしないでくれよ、頼むから。
「ほんとのぶは昔からぼーっとするのが多いね〜」
「兄ちゃん!」
「ほんとよー、いっちゃんみたいにしっかりしてくれればねー」
母さんの言葉にも反応できないくらい俺の頭は大変なことになっていた。
だって、だって。
恥ずかしさと嬉しさでこんがらがってはいたけれど。
近くにいるたびに、感じさせられるのが。
俺はただの従弟としか見られてないっていう現実だけだった。