短編小説

□扱いにくい部下
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斎藤智史(さいとうさとし)は疲れ果てていた。
なんで俺はこの新人に振り回されているのか。

俺は地味だが、地味なりに努力だけは自信があった。その努力の甲斐あってか、今年30で営業一課の課長にまでなれた。任命された時は正直嬉しくて泣きそうになった。良かった。認められたんだ、って思った。

桂木彰(かつらぎあきら)が営業一課に配属されてきたのは、一年前のこと。
彼は切れ長の目を眼鏡から覗かせ、常に無表情な男だった。なんで営業に来たの?と聞きたくなるような雰囲気を纏っていたんだ。けれど、中性的な美貌があった。男に対して美しいだなんてアレだが…あ、俺はそういう趣味はないぞ?確認しとくけど。

そんな取っつきにくそうな桂木だが、営業成績はトップ。まだ25だがなかなかに見所がある。上司としてこういう将来有望な部下を持つのは割と嬉しいことだ。

だが正直なところ、桂木とはあまり関わりがなかった。桂木は飲み会を極端に嫌っていたからだ。俺もガツガツ絡みに行くようなタイプではないから、桂木とは仕事の時に事務的な会話をするに留まる。俺もそんな間柄の奴は同僚でもたくさんいる。同期でもない限りはそういうものなんだろう。

けれど…嫌われてはないと思ってたんだよな…


営業成績が常にトップだった桂木だが、先月の成績は芳しくなかった。むしろ下から数えた方が早かったのだ。本人は何でもないような顔をしていたが…ここはひとつ、上司として慰めてやるか。


「桂木」
「…斎藤さん」

桂木は俺に呼ばれたと気づくと、少し驚いたようだった。無表情な桂木の珍しい新しい表情だった。

「桂木、そう気を落とすなよ。どう、今夜飲みにでもいかないか」
「…気を落とす…とは?」

しまった。桂木はあまり慰められるのが好きでないか…?しかし俺もここで引き下がるわけにはいかない、とよくわからない意地を張ってしまった。

「一回桂木とは飲みに行ってみたかったし…どう?」
「…あの…上司面しないでいただけますか。迷惑ですので」

そうピシャリと言われた時、俺は衝撃を受けた。悲しいというよりも…なぜ?という疑問がふつふつと沸いた。その綺麗な部下はそう言うときっちり定時で帰っていったのだ。

それが昨日の出来事。なぜか昨夜はショックで立ち直れなかった。桂木は気が立っていたのか…?そんなに上司面したつもりはないんだけどなぁ…こういう時のうまい立ち回り方ができないから困る。
悩んでも仕方ないし、仕事に打ち込んで忘れることにした。
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