短編小説
□あとのまつり
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「あれ、津島くん早くない?なになに?なんかあったの〜?」
「…なんもないよ。なんとなく早いだけだし」
こいつは俺の同期の佐竹。
営業部には新人の俺は、この佐竹と同期である。佐竹はゆる〜い喋り方だが、なんとなく頼りになる。なんとなく、だけど。
絡みやすいけれど、今日は何をするにも面倒だから、ちょっとそっけない態度になってしまうのは勘弁していただきたい。
「桂木くんは相変わらずだね〜」
「…確かに」
もう一人の同期である桂木は、相変わらずの美形でスーツを隙なく着こなしていた。成績もよく、俺たち営業部の期待の星である。これで愛想がよかったら文句なし、なんだけどな。
「あれ、津島早いじゃないか。うんうん、就業に余裕持ってくるのはいいことだ!今日も頑張ろうなっ」
「は、はい!斎藤課長!」
急に斎藤課長に声をかけられたので嬉しくなった。だって入るまで厳しいと聞いていた営業部でかなり癒しの存在だった。
今だって癒し効果抜群の笑顔を俺に向けてくれている。ああ、素敵だなぁ。
「ん〜課長を尊敬するのは分かるけど、桂木が超怒ってるからその辺にしといたら?」
彼、やばいよ。と佐竹が助言をしてくれる。そうだった。桂木は人には執着がないくせに、課長に対しての執着ときたら半端ないのだ。
ちらっと桂木をみやると…うっわ!!怖!
美形が睨むとあんなに怖いのか…
最初は気づかなかったが、あの眼光は間違いなく嫉妬の類だ。
別段俺は課長に対してソウイウ気持ちは持っていないのだが、課長と接している人間は桂木にとって皆、敵のようである。
斎藤課長だけだろうな、あんなあからさまな態度に対して気づいてないの。斎藤課長そういうことに対して鈍そうだし。
桂木をそういう目で見守っていると、最近ではなんだか課長に対して割とアピールしているようだった。飲みに行ったりはしているようだけど…きっと課長がまったく気づかないから進展ないんだろうな、あの二人。
最初は取っつきにくいだけだった桂木も、どこか中学生のような初さがあることを知ってから、なんだか憎めない可愛い奴なんだな、と思うようになった。人間味があっていいな、とは思う。
…て、余計なことを考えるのではなく…
俺に今日降りかかったことを忘れるのだ。
うん、なかったことにしよう。現にあいつとは二度と会わないだろうから。
「佐竹、俺は今日から新・津島凛太朗になる」
「なにそれ〜?…あんま面白くないよ〜、それ」
「面白くなくてもいいんだ…誰かに宣言しておきたいから」
そう俯く俺を見て、何やら心配してくれた佐竹だったが、事情はとても説明できなかった。だって…俺自身よく事情を分かっていなかったんだから。
そして、俺の宣言は無情にも真っ向から打ち消されることになる。
「津島!お前おめでとう!!」
「え、な、なんですか斎藤課長」
突然昼休憩後に課長に呼び止められ、急に祝辞を述べられてしまった。
俺としては何が何だかわからない状況である。
「今度新しいホテル会社との契約があるんだが、それがな、営業部の津島さんで、という先方の社長からの直々のご指名があったんだ!すごいじゃないか!おめでとう!」
「本当ですか!あ、ありがとうございます!」
これでお前も一気に昇格か!俺は嬉しいぞ〜!という斎藤課長に抱きしめられ、素直に嬉しかった。新しい仕事をこの新人のうちに任せられるって…とんでもなくすごいことじゃないか?!うれしすぎる。
ともかく俺は、俺を殺しそうな目で睨みつける桂木の存在を認めると、そっと斎藤課長から離れたのだった。