おはなし

□ばらいろ
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ふわり

風が吹けば、バラの香りが俺の元へやってくる。



「ねえ、筧くん」

ベンチに体育座りをする彼女は、フィールドをぼうって眺めながら俺の名を呼んだ。
「ん?」と彼女の方へ顔を向けると、彼女は俺と目を合わさないまま、


「どこか、旅に出たいなあ」

無表情に言った。




「…………なんでだよ」

「わかんない。なんとなく」

笛の音が鳴り響く。
フィールドでは水町が、ハードな練習にその場で倒れ込んだ。


「外国とか、行ってみたいな」

相変わらず無表情で呟くもんだから、本気か冗談か分からない。
まるで独り言のように呟く彼女は、水町がごろりと体勢を変えると同時に大きな欠伸をした。


「そんな、いいもんじゃねえよ」

「筧くん」

「日本語しか喋れないだろ」

そう、嫌みを含んで言っても彼女はこちらを見ない。
お互いにフィールドを見つめながら、話す。



「英語喋れる人と行かないとね」

「…………そうだな」

ここだけ、時間がゆっくり流れてるみたいだ。
彼女と話していると、度々そう感じる。
目まぐるしく動く時間の中で、心地好い時間。この時間が、彼女のことが、俺は好きだ。




「じゃあ、筧くん」

「なに」

「一緒にどっか行こうか」


彼女の眠そうな瞳は潤んでいて、
不意に香るバラの香りは、
あたりをバラ色に染めるようだった




(欠伸で涙が出ただけ?そんなの、知らねえよ!)
(好きだから、)
(寝惚けてたなんて言わせねえ)






筧くんが好きです。

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