◎闇と風◎

□Destiney―運命―
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「はぁ…はぁ…」


身体は疲れ果て、もうこの場に立っていることもうんざりだ。

今は、傷が増えた己の棍を支えになんとか立っている、そんな状態。


何気なく辺りを見渡せば、そこは一面血の海。


その真ん中に…僕は一人佇んでいた。


疼く右手に目をやる。
そこには、黒々とした刻印。

どれだけ魂を取り込んだところで、こいつが満足することはない。

握っていた棍を地面に置き、恨めしくそれを見ると、僕は茶褐色の皮手袋でそいつを覆った。

今すぐにでも、こんなものから解放されたい。
この永久の苦しみから逃れたい。


…だけど蘇るのは、親友の姿―

『俺たち親友だよな!』

その親友の後ろ姿はいつの間にか傷だらけで―

『一生…の…お願い、だ』

そして託されたソウルイーター…



シークの谷で再開した親友は、ソウルイーターに自ら魂を喰らわせた。

これでまたお前と一緒に闘える、そう満足げに言った。

後悔はない、とも言った。


『だから…そんな顔…するな…よ』

それでも僕は作り笑いすら作れなくて…。


そしたら彼はいつものように笑って、力強くまたこう言った―

『一生の…お願いだ』


どこにそんな気力があったのだろう。

なんか最期のお別れみたいじゃん。
そう思ったけど、それは彼の普段から僕に頼み事をするときの口癖。

だから、やっぱり彼が死ぬなんて実感わかなくて…。

それ何回も聞いた、って言った僕は、自然と笑えていた。



今さらだけど、何回も一生のお願いを使うなんて、本当にずるいと思う。


「……テッド…」



ドサッ―

僕は重力に任せて、冷たい地面へ背を預けた。

荒かった呼吸も次第におさまり、深いものへと変わっていくのが分かった。

そして、もうとっくに枯れたと思っていた涙が、溢れて止まらなくなった。


「……はは」

少し魔力を使いすぎたようだ。

身体が…いや、魂が悲鳴をあげている。


…自分は何をしていたのだろう。

感情に任せて紋章を発動するなど、今までなかった。
けど、そうせずにはいられなかったのだ。


赤月帝国は破れ、新しい国ができた。
今度は、きっと皆が笑って暮らせる安泰の世がくるだろう。

そのためには、国をまとめるトップが要る。

そのトップに僕が就く話が持ち上がったが、その話は断った。

このソウルイーターが狙われてまた戦争が起きるかもしれない。


それだけは避けたかった。


第一、こいつは周りの人の魂を喰らうのだ。

もう親しい誰かがこれによって居なくなるのは嫌だった。

…なら、誰とも関わらない方がいい。


そして僕は宴で浮き立つ城を、誰にも告げずに一人抜けた。

力や権力はもういらない。

己が護りたいものは何一つ守れなかったのだから。


こんなにも強大な力を持っていても…。


僕は頬を撫でる涙もふかずに、右の拳を握りしめた。

「何で、かな…」

そう小さく呟いたティルの身体に目立った外傷は見当たらない。

しかし彼は確かに、視覚では捉えられないいくつもの傷を負っていた。


闇夜に散らばる無数の星たちを見ながら、彼は思う。

強大な力の代償は大きすぎるが、所詮、人間は元来脆く弱いもの。

ゆえに、耐えられることなど出来ないのだ。

例えどんなに武術に優れ、知性に溢れていたとしても…。


僕はそっとまつげを伏せた。

テッドは300年もの間この紋章と共に旅をしてきたと言っていた。

それは、僕にとっては全然検討もつかない歳月で…。

だけど、投げ出すわけにはいかないから。

「一生のお願い…か」


ふぅ、と肩の力を抜く。
いつか自分もこれを誰かに託す日が来るのだろうか。

そう思ったが、あまり気は進まなかった。

テッドが亡くなったあの日…まだ受け入れきれていなかったテッドの思いも、抗えない運命も、すべてこの身に背負おうと決めたのだから。

僕は、もう充分すぎるくらい失った。


ティルは、だんだん冷静になってきていた。

それと同時に、腹いせのように殺めてしまった命たちに申し訳なさを感じていた。



「なに考えてんのさ」

ふいに冷たく重い言葉が、僕を取り巻く風を、空気を凍らせた。

もしかして、彼は最初からこの場にいたのかもしれない。

思わぬ来客、なのかな。
いや、紋章同士の共鳴のおかげか何となく彼がここに現れるような気もしていたけど…。

また、きっと嫌みを言われる。
だけど案外それもいいか、なんて、ちょっと笑えてきた。

「あはは…見つかっちゃったか」


彼は、自嘲気味に笑う僕を見て、小さく溜め息をつく。

「別に…」

「……?」


「別にあんたを連れ戻しにきたわけじゃないから安心しなよ」

「…そっ、か」

僕は、その言葉に軋む身体を奮い立たせて上半身だけ起こした。
そのまま後ろを振り向くと、闇のなかに確かに彼がいる。

それならなんで此処に来たのか、と尋ねようとしたのを察したのか、ルックはティルを見据えて再度口を開く。

「ただ、あんたが一人で放浪の旅なんてできるわけないじゃないか」

「じゃあ、心配してきてくれたんだ?」

いつもなら、ここで切り裂きの一つでもかましてくる所なのに、ルックはそうしなかった。

「…勝手にそう思っときなよ」

ただ、少しだけ頬が色づいていたのには触れないでおく。

「ありがとう、ルック」

ルックの、彼の気持ちが素直に嬉しかった。

でも…

「僕はもう大丈夫だから」

そう言うと、ルックは一旦目を逸らして、もう一度僕を見据えた。

まるで真意を探るように。


「はぁ…。たまには顔ぐらい見せなよね」

「…分かった」

決して闇と同化しない。
月に照らされた彼は、とても美しく見えた。

闇の中でもしっかりと立っていられる。


そんな彼が、今は羨ましくも思えた。



…このあと、二人が再会するのは二年後のはなし。



―end―

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