◎闇と風◎

□バレンタインkissA
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――…


チュンチュン…

まだ早朝のせいか寝静まっている城。

その広間の石板の前で、僕は一人読書をしていた。
いつもは賑やかなこの広間も、今は心なしか広く見える。


「はぁ…」

何とか気を紛らわせようと始めた読書だったが、いつの間にかただ項を捲るだけになっていた。


ティルが頭から離れないのだ。
まるで、思考回路に住みついてしまっているかのように。

脳内にこだまするのは、彼の言葉。

『明日、楽しみにしてるから』

あの悪戯っぽい妖笑さえ浮かんでくる。

そのせいで、昨夜は目が冴えてしまってろくに眠れなかった。


小さく嘆息すると、僕は本を閉じる。
そして、まばらに人が集まりだした広間に視線を向けると、ティルの姿が目に入った。

「うわ…ほんと最悪」

嫌悪感を包み隠さずにそう言うと、彼がくるりとこちらを向いた。

そして僕にニコッと笑いかけると、そのまま石板の方に歩いてくる。

「……え」

やばい、もしかして聞こえてたり?
そしたらティル…あんた地獄耳でしょ。

心でそう毒づいて、僕は彼の笑顔から逃げる。
そして、とりあえず本をまた開いて読書をしている振りをした。

ティルと目を合わせないためだ。

それでも構わず彼はこちらに歩いてくる。


しかし今日はバレンタインデー。
ティル目当ての女子たちが、石板の一歩手前で彼を取り囲んだ。

取り巻きの手には、可愛くラッピングした袋やら箱。

ちらりと見やれば、ティルは嫌そうな顔をしているわけではなく、むしろいつもの笑顔を振り撒いている。

その様子に、しらず、心がモヤモヤしてきた。
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