図書

□なじみの。
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『見た?カリン。』


電話越しに聞こえる
智久の声。

仕事帰り一発目は毎度おなじみの
この台詞。


「あのねー、先週も言いましたけど
企業ってのは残業てのがざらに
ありまして」

『また見てねーのかよ。』

「だから、今帰ってきたの。
あんたの出てるドラマ21時からでしょ。
無理無理。」

『録画しとけよ。』

「残念ー、見たい番組なら
録画もしたんだけど。」



物心着くころからの腐れ縁。
世間はNEWSだの山Pだの騒いでるけど、
私からしたら、ただの山下智久。

会おうと思えばすぐ会える奴を
何が嬉しくて
テレビで見なきゃならないのか。

それにドラマは
あまり得意じゃない。



「ちょっとやる事あるから
電話切るねー」

『あ?おっちょっ待てっ……』


ツーツー……



ボタンを押すと共に
機械音が通話終了を知らせてくれる。


机に携帯を置き椅子に上着をかけ
スーパーの袋から買って来た
食材を取り出した。


矢先。




「…どんだけ私生活の邪魔をするんだ、
アイツは。」


インターホンから聞こえる音に
眉間に皺が寄る。


ため息ももはやどこへ、
重い足を動かし
玄関へ向かった。



「仕事お疲れ。」

「……。さっさと上がって。」


腐れ縁の奴でも芸能人は芸能人。

変に見つかっても、ここだと
私の私生活に影響が出る。

慣れた手つきで部屋に上がり
決まってテレビ前のソファに腰を降ろした。


「飯食った?」

「今から。」

「何作んの?」

「今から決めます。」

「ふーん。俺作ろうか?」

「結構で…」

「あ、それいいな、俺作るからカリンは
座っといて。」

「………。」


立ち上がり
鼻歌混じりにキッチンへ向かう。

もう、好きにして下さい。

その背中を見て、諦めの言葉が
身体からボロっとこぼれる。


「着替えてくる。」


聞こえないだろう背中に
一言言い残し
隣の部屋に入った。




ファンの子たちが
この事を知ったら、
この情景を見たら
きっと私の命は無いんだろうなぁ。
そんなくだらない事を
うっすらと考えながら
部屋着に手をかけた。







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