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□なにわ恋模様‐前編‐
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「ありがとう…ございます。」


地下街の階段まで連れてこられて
やっと捕まれてた手が離れる。

帽子を深く被る顔が少し上がると
関西弁の方が低い声で言葉を発する。


「嫌やったらもっと真剣に断りや。
やないと、あぁいうアホはひつこいで。」


おっしゃる通りでございます。
正論にただ頷くしか出来ない。

ことごとく今日はツイてない。

ドタキャンされて変な奴に声かけられて
見知らぬ人に説教されて。


「まぁ仕方ないって。男の力には
勝てないし。」


それもおっしゃる通りです。
自分の馬鹿さ加減に恥ずかしいやら
情けないやらで。



「電車間に合う?」

「はい…、大丈夫です。」


本当にありがとうございましたと、
二人にもう一度深々と頭を下げ、
恥ずかしさから逃げるように
地下街への階段を下った。












いつもと変わらない職場で
久しぶりに落ち着いたロビー。
落ち着くってのは所謂『暇』って事で
ホテルの経営にとっては
中々の致命的。

でもここ数ヶ月、何があったの?
と思うぐらい忙しかったので
この落ち着き、もとい『暇』さ加減が
非常に有り難い。

いつもは朝方まで追われる業務も
今日は夜中の内に終わりそうな予感がする。




カウンターに立ち、
明日のミーティングの予定を作る。
電話も鳴らない、お客様も通らない。
こんな仕事のしやすい環境、
憧れて憧れて数ヶ月。

予定してた通りに業務が進むと
単純丸出しで自然と気持ちに
余裕が出てくる。


後、一行打ったら終わりという所で
前に立ち止まったお客様に
声を掛けられる。

「はいっ!」

心に余裕がある時はいい顔になるもので
夜中なのに今日一番の笑顔で
返事をしたかもしれない。

でも顔を上げその笑顔は今、
どんな顔になっているだろう。


「すみません、ビールって売ってますか?
そこの自販機コーナーには
なかったんですけど。」

「あ、はいっ、こちらのエレベーターを
乗って頂いて……。」


しどろもどろな説明の裏は
驚きで心臓バックバク。

ジャニーズの山下智久が目の前に
いるわけだから。


「あ、そうなんだ。ありがとうございます、
こんな夜中に。」

「いえ、とんでもございません。」


芸能人だから浮かれた接客はしてはダメ、
ってわかってても…!


「……、あれだよね、この前ミナミで
絡まられてた人だよね?」

「へ?」


何とも間の抜けた声が口からもれた。





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