小説
□もうすぐ冬だね
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「…あ」
ふと、思い出す。
漆くんがこっちを見て、頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「どうした?」
「…みかん」
買ってないよ。
「…あ」
「風邪ひくよ俺。もうアウトだよ」
忘れるなんて許さないんだからね、と。
俺はわがままである。
みかん、と漆くんの手を取り、引っ張るようにスーパーへ戻る。
「…手、冷たいな」
漆くんがなんだか嬉しそうだが俺は無視した。
こんなふうに手つなぐのなんて、いつ振りだろうね、と心の中で。
俺は漆くんに優しい言葉なんてかけない。
つまりは
恥ずかしいだけなのであって。
「…ほら、買ってきて」
手をはなして売り場にあったみかんを適当に見繕って突き出す。
漆くんの持っている荷物を奪いとって、みかんを渡して。
「荷物持ってるから、早くしてよね。寒い」
漆くんが黙ってみかん買いに行ってる間に、自販機の「あったかい」のコーナーからココア(自分用)とコーヒー(漆くん用)を買って待ってる。
戻ってきた漆くんに普通に渡そうと思ったけど、なんか恥ずかしかったから
「…落ちてた」
漆くんに荷物とコーヒーを押しつける。
分かってる。漆くんがレジに並びながら、ジュース買う俺のこと見てたとか。
「ありがとな」
漆くんはコーヒーを嬉しそうに受け取って、あったかいなとか言っている。
俺は漆くんからみかんの袋を奪ってココアを両手で握りしめる。
缶はじんわりと暖かかった。
おわり