book short-T


□捨て猫エレジー
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冷たい、というか寒いなぁ

そんな感覚に現実に引き戻されると、私は雨に濡れていた


『……どーりで寒いわけだね、こりゃ』


呟いたところで寒さが緩和されるわけでもないけれど

いつ降り出したのか、皆目見当もつかない

お陰で頭のてっぺんから足の先まで見事に濡れ鼠

でも、丁度いい――頬を伝う涙が、雨に紛れて曖昧になるから


『……たかが失恋ごときで、こんなにも泣けるもんなんだねぇ』


失恋って言っても、捨てられたに等しいしなぁ

こりゃ自分で思ってる以上に応えてるのかな

どこをどう歩いたかも覚えていない

幽霊みたいに彷徨って、どうやら迷子になった模様

どうしたものかと考えていたら、前方には段ボール箱

にゃーにゃーとか弱い泣き声まで聞こえる

駆け寄って中を覗いてみれば、案の定1匹の小さな子猫がそこにいた


『……あんたも、捨てられちゃったの?』


そう言って抱き寄せてやると、子猫は嬉しそうにすり寄ってきて

……とても、あったかい

どうにも置いて行けなくて、子猫を連れて行こうとしたその時――


「あ、あのっ!」


右手で傘をさし、左手にペットショップのレジ袋を掲げた黒髪の少年に声をかけられた

走ってきたのか、息は荒く顔は真っ赤だ


「そのっ、子猫っ……! 拾われるんですかっ……!?」


何やら必死な少年は、危機迫る顔で私に問う


『その、つもりだけど……?』

「そう、ですか……、良かった……!」


ふわりと温かく笑い、少年は左手のレジ袋を私に差し出す


『……これは?』


袋の中には、子猫用のミルクやキャットフード

「その子猫にどうぞ、買ってきたので」

『そのために……わざわざ?』

「はい。うちじゃ飼えないし、せめて拾ってくれる人が見つかるまでは、と思って」


私の腕の中の子猫を見ながら少年は言う

その顔は、あまりにも穏やかで優しくて


『あ、お金……』

「あぁ、別にいいですよ。俺が勝手にしたことですし」

『でも……』


じゃぁその猫また見せに来てください。

そう言って、少年は傘を私に托す


「俺、野崎圭っていいます」

『あ、私は名字名前……』

「名前さん、」

『野崎、君』


素早く私の携帯に個人情報を入力した彼は、「じゃぁまた」と小走りに走り去る


『あ、あの! 傘をありがとぉー!』


短く発した私の叫びに、彼――野崎君は片手を上げて応える

私の心臓は、今までにないくらい煩かった


て猫エレジー

((捨てられたその日に、私の心を拾った彼は))
 


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