短編

□16year's first
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毎年、新しい環境に放り込まれて数日しか経っていない頃に訪れる、四月十一日。
年に一度しかやってこない俺の誕生日。
時に新しい学校で、時に新しい教室で、いずれにせよ新しい空気に包まれて迎える誕生日の記憶は淡いものしか残っていない。

クラスが持ち上がりの時だったり仲のいい友達がいればそれなりに楽しくはあるんだけど、クラス替えが重なった年の誕生日は、正直悲惨だった。
みんな新しい友達を作ることとか、授業についていくこととか、慣れない生活に必死だから他人に構ってる余裕なんてない。
自分でも人見知りしない方だって思うけど、さすがに出会って数日しかたっていない子に「俺今日誕生日なんだ、祝って」とは言えなかった。
占い好きな女の子から誕生日を聞かれたことはあれど、あいにくそういう子と知り合ったのはそれが過ぎ去った後。
俺の誕生日は、一ヶ月後や下手したら半年後に「おめでとうございました」なんて過去形で祝われる、なんだか変なものだった。







「ひー、降ってきた!」


十六回目になる今年の四月十一日は、おしくも天候に恵まれなかった。
家を出る時既に頭上に重くのしかかっていた雲から、たった今、一滴、また一滴と雫が落ち始めたところ。
なんとか家に帰るまではもってほしかったけど、残念。どうやらここまでみたいだ。
といっても、天気予報では一日しとしと雨が降り続くって言ってたのをなんとか押し留めたから、もった方なんだけど。

時刻は十七時を少し回ったところ。
晴れた日には空の端っこから橙色のグラデーションが広がり始める時間だけど、分厚い雲に阻まれた今日は一筋の光も差してこない。
それでなくても暗かった空が、ワントーン、またワントーンと黒に近付いていく様を、雨粒を防ごうとかざした手の下から見上げる。
あーあ。今日誕生日だったけど、別に特別いいことなかったな。


今日は朝から夕方まで、スタジオにこもりっきりだった。
せめて現場に出ていれば話のネタにすることもできたのに、今日に限って誰かが気を回してくれたかのように一日なんの予定もないオフだった。
本日出会った人は、ボイトレの為に時間を割いてくれたリンちゃんと、昼飯を買いに行ったコンビニでレジを打ってくれた女の子のたった二人きり。
あとはすれ違うだけの人ばかりだったから、話をすることはおろか目を合わすこともなかった。
でも、一年間通った学園のレコーディングルームを借りての歌のレッスンだ、もしかしたらミーハーな生徒に声をかけられるかも。
そんなよこしまな気持ちがなかったわけじゃない。
けれどそれを嘲笑うように、レコーディングルームの方には誰も姿を現さなかった。生徒も教師も、いつもは神出鬼没な園長先生ですら。
カウントに入れたリンちゃんだって、学園の授業の合間を縫って来てくれたから、指導以外で話せたのはほんの五分あまり。
そんな短い中、目下の課題そっちのけで自分の誕生日を話題に出せる程、俺は子供じゃなくなっていた。

同じ部屋に住んでいるはずのトキヤと嶺ちゃんも、俺が眠っている間に出ていったらしく、目をこすりながら踏み入れた共有のリビングには誰の姿もなかった。
嶺ちゃんは俺から見れば芸能界をよく知る大先輩だからまだ分かるけど、俺と同じ日に卒業したばかりのトキヤにも仕事の話が舞い込み始めている。
トキヤはHAYATOの時の経験も、人並み外れた歌唱力も、演技力も、整った顔も、綺麗な身体もある。魅力だらけだ。
それが身内の贔屓目ではない証拠に、活動を始めたばかりなのにぐいぐい人気が出つつある。きっと、ST☆RISHの中で一番。
自分にないものばかり持つトキヤを妬むことこそないけど、それでもどうしようもなく悔しくなってしまうことはある。
それこそ、こんな風にナイーブになってしまう日は、特に。


「本降りになる前にとっとと帰ろ」


アスファルトに点々と増える一方の雨の跡に少なからず焦りを覚える。
明日も明後日も今日以上に頑張らないといけないのに、風邪なんかひいて立ち止まるわけにはいかない。みんなに置いて行かれたら大変だ。
譜面とか筆記用具を入れた鞄を濡れないようにジャケットの下に隠すと、俺は軒下を飛び出した。





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