トキヤ2

□16.5
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16.5

「その必要はないよ。もう、ここにいるから」


耳に優しい、慣れ親しんだ声音。それが聞こえた瞬間、遂に耳がおかしくなったのかと思った。
もしくは、あまりに彼を欲するあまりに都合よく幻聴が聞こえたのかと。

私の執着が具現化したのかと思ったけれど、のしかかる彼の強張った表情を見て、それが幻覚ではないことを知る。
この状況で他の人間が現れたことに私以上に驚いた様子で、彼は上擦った声を上げた。


「な、なんだお前は!」
「なんだも何も、今あんたが呼ぼうとしてた奴だよ。一十木音也。知ってるんでしょ」


身体を起こした彼が、これ以上は開かないというくらいに目を見開いて、扉の方を凝視している。
ソファに身体を押しつけながら、私も同じ方向へなんとか顔を向ける。
そこには、想像したものと寸分違わぬ姿、寮を出る時に見たのと同じ、制服を着た音也が立っていた。

口をぎゅっと引き結び、顎を引いて睨むような顔をする音也を見て、なぜここにという疑問や、来てくれて嬉しいという喜びが込み上げる。
けれどそれらを押しのけて強く湧いてきたのは、惑いだった。
だって、あまりにも都合がよすぎる。
「一人で危険な行動はとらない」という約束を破り、勝手に出てきた私を追いかけてきてくれるなんて、出来すぎている。
いっそのこと、それが幻であればまだうまく反応することができた。
喜びなり悲しさなりを表現し、その姿に縋ることすら容易かっただろう。
けれど実体を前にしてしまうと、途端にどんな顔をすればいいのか分からなくなる。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか、そんな簡単な感情の狭間で迷子になってしまう。
泣き出して見せたら、音也の奴慌てるだろうな。
いっそのこと笑ってみてはどうだろう。私は大丈夫ですよと、まさかこんなタイミングで現れると思わずとても嬉しいと。
嬉しい。
そうか、この胸にあるのは何より嬉しい気持ちだ。嬉しさのあまり勝手に眉が寄ってしまうくらいに強烈な。

うまく感情を表せない自分など初めてで、ひどく戸惑ってしまう。
そんな風に現実を飲み込めない状態で中途半端に口を開いたら、中から言葉足らずの掠れた問いが零れ落ちた。


「音也……? どうして、ここが」
「ハヤトがメモ残してくれて、それで」


私の問いに合わせたように言葉少なの説明をしながら、音也は小さく息を吐いた。
その表情は泣き笑いのようなものなのに、今の私には頼りがいのあるかっこいい男に見える。
今の音也は、まるでレンジャーのレッドだ。
初めて出会った時、小さな身体いっぱいに演じていた、困っている人のピンチに颯爽と現れる正義のヒーロー。

そんなヒーローの優しい目も、次の瞬間には敵意が剥き出しの鋭いものに変わり、厳しく彼をねめつけた。





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