音也2

□9
1ページ/3ページ

9.


トキヤは、他人とそんなに関わろうとする方じゃないと思う。
例えば、初めて会う人に対してとる距離。俺が1だとすると、トキヤは多分5くらい?…下手したら10くらいとってるかも。
だからって別に態度が悪いわけじゃない。礼儀正しく、誰にでも丁寧に接する。あくまで距離は保ちつつ、ほんとの気持ちは見せないまま。
トキヤがとってる距離よりその人が近づこうとしても、すっと離れてしまう。

でも、俺は違うと思ってた。

昔から、俺だけはトキヤとの距離を0にすることができた。
俺が楽しくて大声で笑えばトキヤも笑ってくれた。俺が悲しくて泣いちゃった時は、心配してすぐ駆け寄ってくれた。俺が困ってる時には、黙って話を聞いてくれた。
無愛想にさえ見える顔は、見ればトキヤがどんな気持ちなのか大体分かった。もしかしたら自分では隠してるつもりだったのかもしれないけど。
お父さんと飛行機の模型を作ったことを話してる時、トキヤはすっごく嬉しそうだった。
お母さんに新しい習い事を増やされた時、トキヤはすっごく嫌そうだった。
他の人には分かんなくても、何も言われなくても、トキヤのことが俺には分かる。分かんない事なんてない。
それはあんまり当たり前のことで、それまで意識したこともなかったような気がする。

そうだったはずなのに、その夜突然、俺の前に全然知らない人が現れた。
顔はトキヤ。体もトキヤ。声もトキヤ。
でもその表情は、何を考えてるのか全然読み取れない。距離はすごく近いのに、果てしなく遠く離れたところに心はある。
手を伸ばしても、届かない。それどころか、伸ばした手は絡め取られて、胸に深々と冷たいナイフを突き立てられた。



思ってもみなかった事に見舞われた、暗い夜。
夢と幻の間で、自分がどれくらい眠れたのかもよく分からなかった。





次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ