音也2

□16.5
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16.5

「その必要はないよ。もう、ここにいるから」


指紋ひとつ無いようなつややかなドアノブを回して、重みのある木製のドアを押し開ける。
なんの軋みも無く開いたそのドアの向こうには、さっきから漏れ聞こえていた会話から大体想像できたような光景が広がっていた。
薄暗い室内、やたらと大きくて光沢のあるソファが二つ。
そこに押し付けられるように横たわった、服装の乱れたトキヤ。
その上にのしかかる、目をまんまるに見開いた、見た目は立派そうな、でもそのへんにいるような、普通のおじさん。
予想はしていても、その有様を見てまた一段と心が冷えた。

俺、今まで知らなかったかもしれない。
「カッとなる」って言うみたいに、怒った時って頭とか体が熱くなるんだと思ってた。
ほんとの本気で怒ったとき、人はこんな風に心の底から冷たくなるんだな。


「なんだお前は!」
「なんだも何も、今あんたが呼ぼうとしてた奴だよ。一十木音也。知ってるんでしょ」


扉の横に立った俺に向かって、おっさんが取り乱した大声を上げた。
そんな風に大人の人に怒鳴られたら、普段の俺だったらびっくりして飛び上がってたかもしれない。
でも今感じるのは、上擦った声を上げるみっともない相手に対する軽蔑の気持ちだけだった。
押さえつけられているトキヤが、体を捻ってドアの方に目を向ける。
呆然とした眼差しは、俺がそこにいることにおっさん以上に驚いているみたいだった。
何秒かの沈黙があって、掠れた声が俺の名前をようやく口にした。


「音也……?どうして、ここが」
「ハヤトが、メモ残してくれて、それで」


いつだって綺麗にセットされてる髪はぼさぼさに乱れて、シャツのボタンがいくつも外されてるトキヤはまるで別人みたいに頼りなげだった。
なんだか、ほっぺたが少し赤い。まさか、こいつに殴られたんだろうか。
ごめん、トキヤ、ハヤト。
せっかく知らせてくれたのに、助けを求めてくれたのに。
もっと早く駆けつけられなくて、ごめん。こんなことされる前に助けてあげられなくて。ごめん。

まだ呆然としたままのトキヤから、その上に乗っかったままのおっさんに目線を移す。
トキヤに向けた気持ちは一瞬で消えて、また氷みたいに冷たい怒りが俺の中を満たすのを感じた。





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