トキヤ

□6
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6.

ぼくの子供じみた嫉妬が元で垣間見てしまった音也の本音。
薄雨のカーテンと柔らかい土の香りに覆われた幻みたいな時のできごとでも、ぼくは一つ残らず記憶した。
いつもの音也とは結びつかない弱々しい笑顔、頼りなく震える声、冷えた指先。必死に隠すからこそにじみ出た、絶対の空虚感。
それらは、普段は絶対に見せることのない音也の隠された表情たち。
音也のことだから意図的に隠しているわけではないんだろうけれど、それが無意識だと思えば思うほど、大人びた隠し方をする姿に違和感を覚えた。
違和感なんて言い方は違うのかもしれない。その表情たちは息を潜めていただけで、ぼくが見るよりも前から音也の一部であったかもしれないから。
そうは思っても、大人ぶって見せているだけで実際はずっと子供らしいぼくは、自分の知らない音也がいるということが、どうしようもなく悔しくて寂しかった。




音也が何を考えているのか知りたい。ぼくの家にいるだけじゃ分からない、音也の深い気持ちが知りたい。
例え音也がそれを知られたくないと思ったとしても、深い悲しみを宿す横顔を見たらもう止まらなかった。
勉強や習い事へ向けなければならない興味を全部奪われる程に、強く強く心惹かれた。

けれどそう願っても、起きている間のほとんどを学校と習い事に使ってしまうぼくには、時間が足りない。
昔のように約束がなくても会える時と違い、音也もぼくも時間に縛られている。
何も予定のない放課後や休日を見つけるなんて、今では至難の業。
それでも、だからといって諦めてしまうわけにもいかなかった。
自分の価値を高めるために勉強するよりも、身近な音也の気持ちを知る方が、ぼくには重要だ。
本当は毎日一緒にいて、小学校に上がってから離れてしまっている気持ちを隙間なく近づけたい。
それができないのなら、一日ゆっくり話がしたい。恥ずかしさに負けずに見つめ合って、心の内をさらけだして。
それすらも無理だというのなら、たった数時間だっていい。ぼくの知らない音也に触れることができれば、それが意識がない眠っている状態だとしても構わない。
短い一晩の間だけでも、音也のことだけを考える時間をもらえるなら。


そう思い立ってからは早かった。
両親に縋って、次の発表会で期待に応えることを条件に音也の家に話をつけてもらい、次の土曜日、一晩だけ入れ替わることを許してもらえた。
本音を言えば、昔のように音也と枕を並べて眠りたい。一つの部屋で、日に日に成長していく夢を語って、知らないうちに眠りにつけるような幸せな夜が欲しかった。
でもそうなると、ぼくが知りたい音也はさっと隠れてしまうだろう。
嬉しさでいっぱいになった音也は、寂しさの欠片も見せない顔で笑うから。
それはそれで嬉しいけれど、今回の目的はあくまでぼくの知らない音也を知るということ。
『寝床を交換』という提案に音也は受話器越しに首をひねったけれど、いつものように楽しそうに笑って頷いた。


邪魔にされたり好奇な視線を向けられるかもしれないことを恐れて、音也の家には数える程しか行ったことはなかった。
生活面の話をほとんどしてくれないから知らなかったけれど、そこでの夜はぼくが当たり前に繰り返してきたものとは全てが違っていた。

今日の話は、ぼくがいないところでも音也が寂しい思いなんてしていないのだと安心した反面、言いようのない寂しさにも見舞われた、両極端な夜のこと。





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