短編小説

□瓶底メガネの憂鬱
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あれからトッシーに相談して、銀ちゃんには手紙で気持ちを伝えることにした。

銀ちゃんを目の前にすると、うまく話ができないから手紙にしてしまえ…という安易な考えだったが、平仮名さえもまともに書けない私にとっては途中で投げ出したくなるような毎日だった。


ひらがなは銀ちゃんに教えてもらっていたけど、教科書はジャンプだし、何より銀ちゃんの字だって綺麗じゃないし、だから私の字もいつまでたっても上手くならなくて…最後はいつも喧嘩で終わっていた。


トッシーは意外にも面倒見が良く、ひらがな練習帳まで買ってきてくれて、私は門限ギリギリまで毎日トッシーの部屋で平仮名の練習をしていた。





自分はどうしたいのか…。
あいうえおが綺麗に書けるようになるまでには答えを出そう…そう思っていた。





練習3日目くらいには見なくてもスラスラ書けるようになってきて、やっぱり銀ちゃんの教え方に問題があったと再確認した。






あ・い・う・え・お・か・・・・き・・・・


他の文字よりもゆっくり丁寧に練習するひらがな…
私の好きなひらがな…
「き」と「ぎ」と「と」と「ん」

他の字よりも綺麗に書きたいと思ってしまうのは何でだろうか…。
そう思って手を止める。



「何か分からねぇのか?」

自分の机で何やら書類を作成していたトッシーは、鉛筆の音が止まったのに気付いて、こちらを見た。


「うわっ!何でお前瓶底メガネかけてんの?」

「雰囲気が出ると思ったネ」

「設定が紛らわしいから止めろや…」

そう言いながら私のノートを覗きこむ。

「あっ、これ間違ってるぞ。“す”の丸める方向が逆だよ逆。」

「どっちに丸めていいか、いつも分からなくなるネ。」

「あぁ、丸めるやつはだいたい左につけとけ。」

「おぉ!確かに“む”も“ま“も左に丸まるネ!さすがトッシーアル!」

私は間違いを直し、また練習を再開した。




トッシーは銀ちゃんに似ている。頑固でぶっきらぼうだけど、優しい。つい頼ってしまう。

「私助けられてばっかりネ…」

「あぁ?何言ってんだよ。お前が協力しろっていったんだろ」

「確かにそうだナ」

そう言ってヘヘと笑う。







「…んで?何書くか決まったのかよ…」

トッシーがタバコに火を着けながら聞いてきた。


「まだ決まってないアル。
でも…、」


最近、分かったことがある。このイライラが何なのか。

銀ちゃんのせいじゃなかった…

銀ちゃんが子供扱いするからイライラするんじゃなかった…

私はやっぱり本当に子供で、何かあれば銀ちゃんを頼ってしまうし、助けを求めてしまう…。

そんな自分が何より嫌だったんだ…


銀ちゃんの接し方も周りの大人達と自分とでは明らかに違う…仕方ないことだけど気になってしまう。

いつまで経ってもそんな子供な自分に腹が立ちイライラしていたのではないか…




「なるほどな…」



タバコの灰を落としながら、トッシーは黙って私の話を聞いてくれた。




「どうしたらいいアルか?」

「そのまま伝えりゃいいだろ。」


「できないから聞いてるネ!」


「そか…」


「うぅぅ。難しいアリュぅぅ…」



そう言って頭を下げ、パンク寸前の頭をリセットするためにバンバンと叩いた。

「オイ、頭壊れるぞ」



ハァと大きなため息をついた瞬間、瓶底メガネがゴトンと音をたてて、机に落ちたのだった。






***
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