短編
□勝ち負け(後編)
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階段を上りきったその先。
カカシの自宅の扉の前。
いつもなら何もないはずのそこに、見慣れたオレンジ色を見つけてカカシは足を止めた。
「……ナルト?」
まさか、とカカシは早足でナルトの元へと歩み寄る。
「ナルト」
声をかけてもナルトは動かない。
ナルトはカカシの玄関の扉にもたれた状態ですやすやと寝息を立てていた。
(寝てる……)
期待を込めて呼んでいたカカシの声は呆れ返ったものへと変わり。
「何がしたいのお前……」
力なく項垂れ、それでもしゃがみこむと軽々とナルトを抱き上げる。
腕の中のナルトの寝顔に少し迷った表情を見せたが……、
────ガチャ。
カカシは自宅の扉をゆっくりと開けた。
「……」
扉は軽い音を立てて閉まり、カカシはナルトをベッドに運ぶ。
ベッドに降ろしても脚絆を脱がせてもナルトは目覚めない。
どれだけ熟睡してるんだと言いたくなるが、今朝ナルトの目の下にあったクマを思い出してカカシは再びナルトの目の下を親指でなぞった。
(少し薄くなったか……)
よく眠っている様子に安堵の息をついて、時計を見れば時刻は午後7時過ぎ。
この様子では残り5時間で目を覚ますこともなさそうだ。
今のナルトの状況を察すると、おそらくカカシに勝負をしかけようと自宅まで来たはいいが、帰りを待っている間に眠ってしまったのだろう。
「ホント、意外性だけは人一倍なんだから」
勝負前に熟睡とか面白すぎる。
まさかナルトがサクラに睡眠薬を飲まされ、それでも必死にカカシの家まで眠気を堪えて辿りついたとは夢にも思わず、
クスクスと笑いながら、カカシはシャワーを浴びに風呂場へと向かった。
熱めのお湯で全身を手早く洗い、ズボンだけ引っ掛けるようにして穿くと濡れた髪を適当に拭きながら寝室へ向かう。
ナルトはやはりまだ眠ったままだ。
「どれだけ熟睡してるんだか」
ツ……と指先で頬を撫でてもナルトはピクリとも動かない。
寝不足に加えて睡眠薬の効果があるので当然なのだが、
(面白くない……)
この1週間、ナルトはカカシのことばかり追っていた。
任務の前も後もあちこちでカカシを求める姿が可愛くて嬉しくて、カカシは任務がない時もナルトが気付くか気付かないかギリギリのところでいつも隠れていた。
『あーっ! カカシ先生みーっけ!』
見つけた時のナルトの嬉しそうな顔を思い出す。
あんな風に自分のことだけを見てくれるのは今日で終わりなのに、当のナルトは夢の中。
「ナルト」
耳元で呼んでも、反応はない。
覆いかぶさるようにナルトの顔のすぐ横に手を置くと、まだ乾ききらない髪から、ポタ…と透明な雫が伝い落ち、シーツへと染みを作った。
すぐそこで寝息を立てる薄い唇。
それを視界に捉える。
「前にも忠告したのにね……」
あれは以前任務帰りに川岸で休憩した時だ。
軽く手を引いただけであっさりカカシの胸へと倒れこんできたナルト。
見上げてきた青い瞳が揺れた気がして、一瞬で惹きこまれた。
ただ、あの時はナルトの意識もあったしすぐ近くにサクラやサイもいたからそれ以上カカシとナルトの距離が近づくことはなかったけれど……。
2人きりである今の状況。
しかもナルトは眠っている。
あの時以上に隙だらけの状況がカカシを現実離れした妄想に染めていく。
今からカカシがすることにナルトはきっと気付かない。
つまり、今この場においてカカシを止める理由がどこにもないのである。
「――……」
カカシは吸い寄せられるようにして、己の唇をナルトへと近付けた。