のべる2

□桜月夜 後編(緋月)
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「黒様、手貸して?」
訝りながらも差し出された右手をそっと包み込むように握った。
「見える?」
「!…魔法か?」
ファイに手を握られた瞬間に、今まで見ていた世界が一変した。
「違うよ。ほら、霊感がある人の近くにいると普段見えない人も何かを察知するとか言わない?」
「れ、霊感…;」
ぴくりと黒鋼の表情が強張った気がした。
「黒様?」
「なんでもねぇ…」
ふと脳裏を知世姫と天照の黒い笑みがかすめて、ぶんぶんと頭を振った。
「ねぇ、桜が」
「消えていく?」
少しの間よそ見をしていたら、あの大きな桜が再びただの裸の樹に戻っていた。


「…ファイさん達は、まだ起きてたんだね」
「っ!」
「うん、せっかくだからお城の中見て回ろうと思ってー」
気付けば外の、桜の樹の上にいたはずの少年が玉座の横に立っていた。
「そうなんだ、じゃあ僕が案内してあげるよ」
少年はファイ達のところへ小走りで駆け寄って、にこっと笑って二人の手を引っ張りだした。
「ねー、訊き忘れてたんだけど君、名前は?」
引っ張られるままに歩きながら、呼び方に困ると訊いてみた。
「…そんなの、忘れたよ」
何気ない質問のつもりだったのだが、笑顔だった少年の表情がすぅっと一気に曇ってしまった。
「普通名前は忘れねぇだろ」
生まれて最初に貰って死ぬまで使う自分だけの大切な名前。そんな大切なものを普通は忘れたりしない。
「仕方ないでしょう!誰も僕の名前なんか、呼んでくれないんだ」
黒鋼の物言いが気に触ったのか、今までやわらかかった口調を荒げた。
「もうずっと、物心ついた頃には『王』って呼ばれてたんだから」
歳に似合わず、何かを諦めた目で黒鋼を睨んだ。
「そう、君この国の王様なんだ」
少年の悲しい目に、ファイは優しく語る。
「で、仮にも王であるおまえがなんで街の奴らを眠らせた。あれはてめぇの仕業だろ」
少年の心を傷付けないようにファイが語りかけているのに、黒鋼は事の真実を手短に聞こうと眼光鋭く問い正す。
「…くない、僕は何も悪くない!みんな眠ってるだけじゃないか!それにここは僕の国だっ僕がやりたいようにやってなにが悪いの!?」
ずっと貯まっていた鬱憤が、関を切ったように溢れ出す。
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