短編夢置き場
□星空の下でキスをして
1ページ/3ページ
確かに、彼はそこにいた。その証に、私の携帯の待ち受け画面は彼と二人で映った写真。
確かに、私は彼と時を過ごした。
彼は私にキスをした。
星空の下で、キスをした。
唇が触れれば胸がぎゅっとなって、苦しくなるような、キスをした。
でも今、彼は、此処にはいない。
はあ、と大きなため息を溢す。新しい自分の部屋で、ため息だけが響いた。
私が引っ越しをしてから、1ヶ月。新しい家にも新しい街にも、慣れはじめていた。
此処での暮らしは、そんなに悪くはない。不便はしていない。新しい友達も出来た。
1ヶ月。
あの街を離れて、1ヶ月。イッキさんと最後に会った日から、1ヶ月。
イッキさんと最後に会ったのは、あの駅のホーム。そこで見たのは、涙よりも切ない瞳。
最後の科白は…“忘れていいよ”だった。
忘れていいよ。
忘れて、いいよ。
何度も頭の中に繰り返された、その科白。繰り返すたび、また、胸がぎゅっとなって、苦しくなる。
繰り返すたび、思うのだ。『忘れられる筈なんかないじゃない』、と。
あの時そう言ってやれば良かった。
けど、何も、言えなかった。
服の袖をぎゅっと握りしめて、涙を堪えるので精一杯だった。