魔法少女リリカルなのは

□枯れ木に花を
1ページ/2ページ

 
『枯れ木に花を』

 
 彼女の笑顔は魔法だと思う。



「んお? あれフェイトちゃんやないか?」
「え! フェイトちゃん!?」
 
 はやてちゃんの言葉に、私は急いで教室の窓から身を乗り出す。

「あんた……いいかげんにフェイトに過剰反応するのやめなさいよね」
 
 アリサちゃんのあきれた声が後ろから聞こえたが、そんなの気にしない。私はグラウンドに目を泳がせた。

「はやてちゃん! フェイトちゃんどこにいるの!?」
「あ、ああそこや」

 なぜか怯えたよう指された方を見る。落ち葉がほとんど落ちきり、みすぼらしくなってしまった木の下に見える輝く金色の髪。

「ほんとだ、フェイトちゃ〜ん!」

 向こうにも気づいてもらえるよう、大きく手を振る。優しい紅い眼が私を捉える。すると、こちらへ向かう足を止め、手を振りかえしてくれた。

「なのは〜、あんまり乗り出すと危ないよー」

 四階まではっきり聞こえてくる綺麗な声。なぜだか無性に心配されたことがうれしくて大きな声で返す。

「大丈夫だよー! 落ちても怪我しないからー!」

 そう返すとフェイトちゃんに苦笑いされた。ほんとに大丈夫なのにな〜。

「怪我しないからって落ちていいわけないでしょうが!」
「イタ! う〜、アリサちゃんなんで叩くの」
「あんたがバカだからよ」

 アリサちゃん、人を馬鹿呼ばわりしちゃいけないんだよ?

「てか、フェイトー。そんな寒空の下にいつまでもいないで、上がってきなさーい」
「フェイトちゃーん、お仕事お疲れ様ー」
「次の授業終ったらお昼やで〜。一緒に食べよ〜」

 いつもの三人も窓辺に立ち、フェイトちゃんに呼びかける。

「うん、今行くよ〜」

 私ももっと声を聴きたくて、意味もなく名前を呼ぶ。

「フェイトちゃーん!」
 
フェイトちゃんはやっぱり返してくれた。

 そこに、一陣の風が吹いた。

「――っ!」
「ちょ、なのは!?」
 
 私は教室を飛び出し、走った。
 階段を駆け下り、グラウンドに向かう。
 なぜだろう、確かにそう感じてしまった。
 やっと昇降口に着くと、私は靴も履き替えずグラウンドを駆ける。

「フェイトちゃん!」
「え、なの、は!?」
 
 勢いをそのままに、フェイトちゃんの胸に飛び込んだ。

「え、ちょ、な、ナノハサン? ここ、グ、グラウンド……!」
「……」
「……なのは?」
 
 私の異変に気付いたのか、背中をさすられる。

「どうかした?」
「……フェイトちゃん」
「ん?」
「どこにもいかないよね?」
「え……?」
「私を、一人にしないよね?」
 
 風が吹いたとき、空に舞う枯れ葉の中心にいたフェイトちゃん。そのフェイトちゃんが一瞬

 どこかに行ってしまう気がした。

 しがみつく腕に力を入れる。

「ずっと、一緒だよね?」

 フェイトちゃんがいなくなる、そう考えただけで胸が痛い。隣にこのぬくもりがないなんて、考えるだけでも恐ろしい。もし本当にフェイトちゃんがいなくなったら、きっと私は、生きていけない――。

「……もうすぐ、春だね」
「え?」

 突然の言葉に顔を上げる。私より少しだけ背丈のあるフェイトちゃんは私を優しく見下ろしていた。

「春は、なのはの季節だね」
「フェイトちゃん?」

 言っている意味が分からない。どうして春が私の季節なんだろう。
 首をかしげていると、フェイトちゃんはすぐ隣にあった木を見上げた。

「この木、桜だってことはしてるよね?」
「うん……」
「春になると、こんなに痩せ細った木が満開の花を咲かせる。ピンク色の花をね」

 あ。そこまで言われてやっと意味が分かった。

「そう、なのはの魔力光と一緒だよ」

 フェイトちゃんは私から離れて、木の幹に手をつく。

「私は、春が好き。なのはの色でいっぱいになるから」

 目を細めながら幹に手を滑らせる。

「大丈夫、ずっと一緒にいるよ」

 はっきりと、フェイトちゃんは言い切った。

「これからも、なにがあっても、ずっと、ずっとずっと、私はなのはのそばにいる。なのはと一緒に、なのはの季節を迎えたいから」

 ふと、両頬を包まれる。外にいたせいか冷たかったが、不思議と温かく感じた。

「なのは、私はここにいるよ。大丈夫。ずっと、ここにいる」

 紅い眼が私をまっすぐに見据える。その言葉がジワリと温かく、胸に広がるのを感じた。

「なのはは、それでもいい?」
「……っぷ、にゃははははは!」

 さっきまで決意に満ちていた瞳が揺らぎ、発せられたその弱気な言葉に思わず、込み上げてきていた物が笑いに変ってしまった。

「な、なのは? なんで笑うの!?」
「だ、だってフェイトちゃん、さっきまであんなに……!」

 あんなにかっこよかったフェイトちゃんが、今は弱気な顔で焦っている。

「な、なのは〜……」
「はは、ごめんね? フェイトちゃん」

 かっこよくて、時々かわいくて、ちょっと心配症で、自分の事なんて後回しで、とっても強い女の子。
 そんな彼女を、私は――。
 
「フェイトちゃん」 
 
 私は頬に添えられていた手に自分の手を重ねる。

「ずっと、一緒にいてくれますか?」
「――もちろん」

 私たちは、そっと唇を近づけ――。

 キーンコーンカーンコーン

「え、うそ、もうそんな時間!? なのは、早く行こう! 授業に遅れちゃう!」
「え〜!」

 いいところだったのにいー! チャイムのバカ〜!
 フェイトちゃんは私の手を引き走り出そうとする。

「あ、まってフェイトちゃん」
「なに? なのは」
「……大好き」

 また、風が吹いた。

「……私もだよ」

 そう答えてくれたフェイトちゃんの周りに巻き上がる枯れ葉が、綺麗な桜の花に見えた。

 彼女の笑顔は、枯れ木に花を咲かす、魔法の笑顔。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ