TOA1

□舞うは氷の刃
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 それは誤算だった。

 《前回》はこのタイミングで鉢合わせしなかったから――といってもその時実際に行動していたのは《アッシュ》で、アッシュ自身は夢の延長線上のような形で見ていただけだったが――油断していた。思えば、第一音機関研究所の前で神託の盾兵に「アッシュ響士ですね」と訪ねられた時即座に逃げ出していれば良かったのだ。もしくは研究所に駆け込んで中に潜んでいると思しき髭を発見次第不意打ち同然に昏倒させて逃走とか。そもそも「そうだけど……?」なんて疑問符浮かべつつ答えた挙句、ノコノコと神託の盾兵に付いていく必要は無かった筈だ。素直に逃げておけば――

「アッシュ、今からでも遅くは無い。私と共に預言の無い世界を」
「お断りします」
「共に預言を無くさないか?」
「お断りです」
「……アッシュ」
「却下です」

 こんなくだらない問答がエンドレスで繰り返される事など無かっただろう。

 ――というか師匠、この場には被験者のルークもいるのにシカトですか。何かアイツ時間が経つごとに不機嫌になってるんですけど。しかも何故か師匠じゃなく俺の方を睨んでるし。

 明らかに逆恨みだぁっと内心で滝のような涙を流しながらも口に出すのは師への言葉。

「……っていうか師匠、貴方にとって俺は使い捨ての人形の筈。ここには被験者だっているんだから誘うならどう考えてもルークの方だと思うんですけど」
「――ルっ、…アッシュ!」

 ルークと呼びそうになるのを慌てて直しつつ叫んだのはガイ。叫びこそしなかったがティアやナタリアもまた咎めるような視線でアッシュを見ていた。

 アッシュは七年ものあいだ彼らと離れて暮らしてはいたが、あの最後の一年は忘れようと思っても忘れられるものではない。だから単純に名を叫ぶという行為に含まれた意味を正確に把握するなど朝飯前であった。

 込められた意味とは――卑屈反対。

 ……俺、もう卑屈根性とは縁を切ったんだけどなぁ。

 アッシュは内心でそんな事を思いつつ苦笑する。今の台詞は単に一般的な事実を述べたに過ぎず、本心から自分の事を人形だなんて思っている訳ではないのだ。

「もちろんルークにも誘いはかけるつもりだ。だがいつでも誘いをかけられるルークとは違い、お前はここで引き止めておかねば次に見える機会があるかどうかすら判らぬ」

「だからここで確実に引き入れておきたい……と?」
「その通りだ」
「無駄な努力です。俺は今の師匠の考えについてく気は無いですから」
「……どうあっても私の元に戻ってくる気は無い、か」
「貴方の理想とする世界に俺の居場所はありません」
「――そうか。……残念だ」

 そう言うとヴァンはゆっくりと腰に履いた剣の柄へと手を伸ばした。

「…えぇ、俺も残念です」

 それに反応するかのようにアッシュもまた腰に一文字にくくりつけている剣の柄へと手を伸ばす。

「閣下っ、アッシュをその手にかけるおつもりですか!?」
「……私も人の上に立つ身だ。この子と剣を交える事は本意ではないが敵対すると公言された以上、このまま見逃す訳にはいかぬ」

 リグレットの悲痛とも言える叫びに答えたヴァンの顔は苦渋に溢れている。それは情と使命感の狭間で彼が揺らいでいる証拠でもあった。

「アッシュっ、剣を交えていない今ならまだ冗談で済む! 前言を撤回して閣下につけ!」
「無理だよリグレット。俺は師匠のやり方には従えない。……だって俺はオリジナルのみんなには生きていて欲しいと思っているから」
「何故だ! ローレライさえいなくなれば預言などというふざけたモノに詠まれていたというだけで理不尽な扱いを受ける者たちはいなくなるのよ!?」
「……そりゃ預言を無くすっていうのには俺だって賛成だ。けど、ローレライを消滅させられるのは困る」
「アッシュ! お前がローレライを庇い立てる必要なんて――っ」

 なおも必死にアッシュを説得しようと身を乗り出すリグレットだったが、不意にヴァンにその肩を掴まれた。




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