TOA1

□幸せの紅いチーグル
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 青年とアッシュの出会いからさらに数ヶ月。

「おい、お前。これに憑依しろ」

 そう言ってアッシュが青年に向かって差し出したのは、チーグルを模したと思しきぬいぐるみ。作った人間には余程裁縫の才能が無かったらしく縫い目がはっきりと見えていて形は歪、目の部分にはボタン、口の部分はいったん可愛らし線が引かれているのに、何故かその上からジグザクの縫い目。一見するとかなりホラーな外観。元のモチーフはかわいらしいチーグルなのに全てが台無しである。いや、ここまで元のモチーフを変貌させるにはある意味才能が必要なのかもしれない。


 しかしながら、こんなのが動いていたら即袋叩きにしたくなるに違いない。おぞましくて。


「………なぁ、アッシュ。俺にも選択の自由ってあると思わないか?」
「お前のせいで不名誉な噂が広がったんだ。そんなものあるわけが無いだろう」

「なら! せめてもうちょっと普通のぬいぐるみにしてくれっ!!」
「……残念だがこれしか見つからなかった」

 どう考えてもイヤガラセとしか思えなかった。ダアトは大きな街だから子供だってたくさんいる。だからもうちょっとマシなぬいぐるみの一つや二つ見つからないわけがない。まぁ、アッシュは男の子だからどこかから掠め取ってくるという入手経路しかなかったのかなと推測する事はできるのだが、何故よりにもよってこんな見かけがホラーなヤツしか見つからなかったのか。

「なら別に今まで通りでも――」

「俺が許さん。お前が半端に幽霊なせいで独り言が多いだのストレスが溜まってるんじゃないかだの、果ては精神的にやられたんじゃないかだの好き勝手言われ放題なんだぞ!?」

 まだ小さいのに可哀相になんていう同情の目線を向けられるのはもう我慢ならねぇっ!!

 一番つらいのは尊敬する師匠の耳にまでこの風聞が伝わってしまっているという点だ。そもそも事情が事情なのでヴァンに言われるまでも無くあまり目立つべきではないと解っているというのに目立ってしまい、最近ではヴァンにことさら気を遣われているありさま。

 目の前の青年の声と姿は自分にしか認識できないともっと早く気付いていればこんな事にはならなかったものを。アッシュは内心で舌打ちする。いくら戸惑っていたとはいえ何という体たらくか。


「えー、でも俺だって好きでこんな状態になってる訳じゃねーしー」
「〜〜〜ッ! 口答えするなっ、えーとか言うなっ、ダレるなっ、シャキッとしろッ! それからさっきも言ったがお前に選択肢なんかねぇんだよっ、とっととこの人形に入りやがれッ!!」


 怒鳴りつつアッシュは苛立ち紛れに人形を青年に投げつけた。




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