TOA1

□動くに動けない
1ページ/6ページ





「『死神』のアッシュ……ですか?」
「あっれ〜、イオン様ってばご存知じゃなかったんですか? あー、あと他にも『氷刃』のアッシュなーんて呼んでる人たちもいますよ」

 先日、前任のアリエッタに代わり導師守護役となった少女の言葉にイオンは疑問を浮かべるばかり。なにしろ彼の記憶では『アッシュ』に付けられた異名は『鮮血』で、『死神』の異名を持っていたのは別の人間だったはずだ。ましてや『氷刃』なんて二つ名は聞いたことも無い。

「イオン様とアッシュって結構仲が良いみたいだから知ってるとばかり思ってたんですけどぉ」
「僕とアッシュが仲良し……?」
「だってイオン様が病気で伏せられる前、一緒にいるところ結構見かけましたもん。アリエッタなんかも混じってすんごい楽しそうに笑ってたから、てっきり親しいんだと思ってましたけど……違うんですか?」
「…………」

 そんな事があったなんて知らない。それが真っ先にイオンの頭に浮かんできた言葉だった。イオンが見聞きした『過去』にはアッシュと被験者イオンが接触したなんて事実は存在しない。


「イオン様?」


「あ、あの、そのっ、……ぼ、僕、実は病気のせいで記憶の一部があやふやになっているんです!」
「ホントですかぁ、なんか言い訳めいてるんですけど? むぅ〜……でもでも、イオン様直々にアッシュを特務師団の団長にするよう掛け合ったっていうのは勿論覚えてますよね?」
「――っ! 僕がですか!?」

 なんで本人が驚いてるかなぁ……。そう言いたげな眼差しがさらにきつくなってきたが、イオンは気にしないことにした。こんな記憶と大幅に違う道筋――記憶ではアッシュを団長に推したのはヴァンだったし、任命時期も自分が導師になった後だった――を聞かされてポーカーフェイスでいられるほど役者ではないのは自覚している。

「あの時は反響が凄かったらしいですよぉ。なんてったってダアトきってのいたずらっ子にイオン様から直々のご指名でしょ? その上指名した役職が団長なんて下手に地位のあるポストだったから余計に騒ぎとか大きくなったみたいだし――」
「ダアトきってのいたずら…っ子……? あの、アニス。他の誰かと間違えていたりしません?」


 あのしかめっ面がデフォルトで冗談なんかとは無縁そうで真面目一徹な『アッシュ』が『いたずらっ子』?

 ――似合わない。果てしなくミスマッチだ。というか貴方に何が起こったんですかアッシュ!!


「……イオン様ってばホントに記憶障害なんですねぇ」

 ……こんなんでこの先ホント大丈夫かなぁこのヒト。

 本人に聞こえないように呟かれた呟きをバッチリと聞いてしまい、苦労を掛けてすみませんアニスと心のうちでそっと呟くイオンだったが、今は何はともあれ少しでも情報が欲しい。追求はせずに彼女の口が開くのを静かに待った。

「だいたいアッシュがいたずらっ子なのは、ヴァン総長が親馬鹿っていうのと同じくらい周知の事実じゃないですかぁ。ドコをどうやったら忘れられるんだか」
「でっ、でも僕が復帰してからはそんな素振りは……」
「う〜ん。任務なんかで忙しくてそんなヒマがなかったんじゃないですか? 今は一応師団長ですし……って、あーっ!」
「ど、どどどうしたんですっ、アニス!?」
「ウワサをすれば影ですよぅ、イオン様っ。あれ! あそこ見てくださいって!!」

 アニスの指差す方向を見るとなるほど。そこにはコソコソと柱の影に隠れて挙動不審な朱の髪が見え隠れして――

「…………ルーク?」
「違いますって、アッシュですってば!」

「……ところでアニス。彼はどうしてあんなにコソコソしているんでしょうか……?」
「見てれば判ると思いますよー」




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ