華信(仮)

□第十一話 千色紬絲
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「……出たくない」

 チナに甘えるようにして寄り添いながら、ゼンはぽつりと呟いた。
 チナの持っていた妖魔の魔眼を頼りに、二人は手をからめ遊ぶ。

「きっと、仕置きがある」

 訓練をさぼったから、と声を低くして不安げにつぶやくゼンを、チナはくすくすと笑った。
 ぼんやりとした灯りの中で見る彼女は、いつもより美しく映った。
 艶やかな黒髪が、床一面に広がっている。

 ──愛おしい。

 思えば腕が伸び、その身体を撫でていた。


「それで……。私がギンジ様をお相手にするのが嫌だったの?」
「……もう、いいから。本当に、しつこい」

 ゼンはぷいと寝返りを打ち、チナに背を向けた。
 一度恥ずかしさをしのんで話したのに、こうも悪戯に問われるのは臓腑をえぐるようで嫌だった。
 背筋にそって、チナの指が流れていく。

「……でも、うれしい」

 チナの小さな手のひらが、背にぴたりとあてがわれた。
 さらに額をあて、チナは静かに笑む。

「私、兄様がいたの」

 急な話にゼンは眼を開いた。
 魔眼の微かな光では、まだ辺りに闇が残る。

「……兄?」
「そう。兄様……」

 驚愕し向き合おうとすると、チナがそのままで、と言い添えたのでゼンは背を向けたまま耳を傾けた。
 普通は血縁の近しい者の話題は出ない。
 もし関わったら厳しい処罰を受けるからだと、忍者間では常識だった。
 ゼンにも少なからず血縁関係の者はいるだろうが、まったく知りもしなかった。

「……ヤジっていうの」

 たまらずゼンは背をぐるりと反転させる。
 半身を起き上がらせ、声高に叫んだ。

「冗談だろ!」
「冗談じゃない」
「だって……!」

 すぐ否定されると、言葉が上手くつむげないことに気がついた。
 驚き波打つ胸の内では、嘘か真かも判別することができない。

 チナの瞳は暗がりでもわかるほど澄んでいる。
 今しがた愛おしいと思った女の言うことが、嘘だとは思えない。
 それに最初出逢ったとき、確かにヤジの面影を見た。
 そのため気になったともいえるし、ヤジに抱いたあの想いも、少なからず投影している。

 ──でも、まさか。
 ゼンはすっかり呆然とし、肩を落としたまま座り込みどことも知れぬ闇を見つめた。

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