華信(仮)

□第十五話 ──ゼン完結
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 寒さが一段と厳しくなり、雪が降ることのない、しんとした冬がやってきた。
 枯れ木の侘しさも、締め付けられる胸も、変わらずそこに在る。

 風の音がよく通るたびに、ジュウの苦痛で歪んだ顔を思い出した。
 思い出すたびに移っては自分の表情が歪む。
 あの日から、笑顔も忘れ、ため息と共に過ごしていた。


 いつものように文字に埋もれ、ため息をこぼしていたとき。
 寒風の訪れる中、シノが自室のふすま一枚隔てて足を鳴らす。
 それがシノだとわかるのは、忍びではない者の足音を記憶しているからだった。

 シノが来るとは何事だ、と立場からして思ったが、一枚の紙切れを渡されるとその疑問は消え去った。


「……ジュウから」

 シノが去っていくのを見もせず、少し開いたふすま越しに置かれた文を取る。
 描かれた文字を読むと、ゼンはすぐに立ち上がった。

 ──どういうことだ!


 あれきり、ジュウと会わずに居た。
 ギンジは未だ帰ってはいない。

「ジュウ!」

 変わり果てたような瞳の流し。
 煙管をくわえて、凛とした美しさを未だ、いや以前よりずっと漂わせ。


「……読んだ? そういうこと。それと取引や。おれが居なくなったら、寮長はゼンにゆずる。
 よかったなあ、ヤジの思ってた通りのことになる。ヤジはずっと、お前に寮長を継いでほしいと言っとったから」

 ──寮長……?

 この屯山の中でも、誰もがうらやむ高い位置。
 驚くゼンを、ジュウが卑しい表情で見つめた。


「ちょうど遊郭へ忍びをやる話が来ていてな。器量の良い女子がおらんけえ、迷っとったらちょうど居た
 ヤジの妹ならさぞかしええ技を持っとるやろて……なあ?」

「……やめろ…………」
「もう決めたけえ」
「わるかった……だから」

 煙管が勢いよく投げられる。

「ゆるさないっ! もうゆるさない! おれの心はずっと、黒いまんまや、もう灯りなんてない
 誰かの灯りになることも……もう出来ん…………」

 膝を抱き頭を噛む。
 涙すら枯れた瞳はかわききり、憎しみだけが映し出されていた。

 ──どれだけ深い黒。

「……俺がお前の灯りになる。もう消させない」

 そう言ってジュウの躯を抱いた。
 組み敷く躯が、絡み合った糸のように。途切れず絡む、どちらかが切らねば、ほどけることも知らぬように。
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