華信(仮)

□第二話 追憶通
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 青青しく茂る草の合間を、突風が一方向けて吹き上げる。

 その風を全身で受けとめながら、青年は緋色の瞳を煌煌とさせた。


 年の頃は二十かそこら、けれども青年を囲む影の群れは、十ほどの子供であった。


 かすかな草のそよぎ一つでさえも、青年は耳をそばだて、指の先を動かした。

 鳥の鳴き声すらもぴたりと止んだ草原には、異様なほど不気味な静寂が満ちていた。


 ──ぴっ。

 一瞬の内に、ふっと糸が張られた感覚にとらわれた。

 青年が慌てて背後を振り向くと、足元近くに糸の繋ぎを光らせる少年が居る。

 目が合うなりたじろぎも見せず、その小さく赤い唇をあげた。


 同時に振られた腕が導くは晴天の空。

 反転する視界は、頬を撫でる草をとらえた。

 顎先から奏でられた音に目を向けると、先ほどとは別の少年が刃を喉元に向けていた。


「……お前ら」


 つぶやいた際に動きを見せた喉元からは、一筋の血が流れる。

 首を伝う感触に青年は瞼閉じため息をつくと、いとも簡単に刃先を手のひらで握りつぶした。


「あっ」


 つきつけていた刃の欠片が、青年の血液ともに重く血に落ちる。

 折れた刀を呆然とし見入る少年に向かって、糸を廻らせた少年が立ち上がり、女のような声色で叫んだ。


「なっ、なにやってんだよ!」


 戸惑う二人の少年のちょうど間から、むくりと身体を起こした青年が、緋色の瞳をのぞかせた。

 蠢く瞳に背筋を強張らせ肩をすくめた途端にはもう、青年の腕に少年たちの躯がかかげられていた。


 青年は少年らを抱えたまま、草を分けてくる少女に軽々と訓練の合否を告げる。


「こいつら以外合格な」

「ええっ?」


 驚く少年二人に軽く笑みをやると青年は歩みだす。


「俺は個人で来いと言った。破った者にはそれなりの罰がないとな」

「嘘つけ。どうせやられたけえ、年甲斐もなく怒っとるだけや」


 目鼻立ちの良い少年が、いじけたように言葉をこぼす。

 艶ある長髪が揺れると青年がそれを追う。


 その突如、青年の顔をはさんだ子供らしい笑顔を散りばめた少年が首を出した。


「ヤジもまだまだやんなあ!」

 青年が途端に肩を揺らすと、少年二人は騒がしく、けれど幼顔を素直に緩ませて笑う。


「見い。綺麗な夕陽じゃ」


 ゆるやかに過ぎる日々の移り気が、とても静かに胸漂う。

 茜色の空、彩るのはこの躯だろうと思えていた。
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