華信(仮)
□第三話 散らねばより美しい
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時など止まってしまえばいいと思い自らが立ち止まる。
走る時に姿、心を変えるのならば進みのないまま立ち止まり、思い出を振り返っていればいい。
けれど時は止まらず流れ行く。
何をしようと唯、時は流れ行く。
自らも気づかずに攫われて。
──桜など散らねばより美しいだろうに。
桜が夜空に明るく映えていた。
やわらかな風吹くたびに花弁は揺れひらと舞い落ちる。
ヤジの遠征前に花見ごとが行われることとなり、屋敷から少しばから離れた庭にて、ヤジと円の深かった者が酒をつまんでいた。
華やかしく大仰な太鼓の音が辺りに響くと、誰かが小唄を歌いだす。
したい放題に騒ぐその奏では何処か刹那を帯びていて、まるでもっと華やかにと言わんばかりに、誰も止めはしなかった。
「ヤジイ、良い男がおったら紹介してえな」
「なあに言うちょるん! ヤジ、あたしに紹介してえや。めっちゃ美人て言いふらしてえ」
「ごめんなあ。俺嘘つけへんねや」
様様な容姿の男女がヤジを囲んで笑いあう。
眉目秀麗な者ばかりが集う場は、誰が男で誰が女かさえ区別がつかない。
忍者は一般と専攻に分かれて区別されている。
専攻といえば男装女装をする者が多く、任務は陰間や遊女などと近い者がほとんどだった。
彼らは十を過ぎると群れを離れ特別な訓練を受け始める。
一つの年にニ、三人ほどしか選抜されないためか人数は少ない。
が、そのほぼ全員が集結している場にいれば、気分は落ちていくばかりだった。
このように騒ぎだてているということはもう歯止めはきかないだろう。
仕舞いにはどうせ脱ぎだすか、酔った勢いでもっと下品なことをしだすか。
予想がついてしまうほど彼らは派手な遊び方をする。
それは遠目から見ていて知っていたことだから、ゼンは皆の酔いが深まっていけば行くほど憂鬱な気を抑えこむことができなかった。
楽しいとは言えない時をぼんやりと眺めて過ごす。
名目はヤジが主役の花見ごと。
しかし輪に入ることも、自ら話しかけることも、許されている立場ではなかった。
見えない壁に唯佇んで、遠目から見つめるヤジの姿がやや儚げに映る。
傍にいる女装した男が面白おかしく振舞ってはヤジと談笑していた。
──ジュウのほうが綺麗だった。
夜桜を眺め、例えるならばジュウはこの木のようだとゼンは思う。
あの絹のような肌に手を触れてみたい。
あの夜が明けてから幾度思い返し願ったのだろうか。
必死に頭を振り、何度滾る心に蓋をしただろうか。