華信(仮)
□第四話 麗春馨香
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ヤジの訃報が届いてから、ジュウの位置は確かなものとなった。
齢十四で寮長になること自体は別段珍しいことではない。
だがヤジの位置を占めてしまったジュウに、ゼンは日々不足な気を募らせていった。
香をただよわせ煙管をくわえるその姿。
いつかとは違うジュウ。ヤジの居ない此処。冷めた風吹かす里。
そこに佇む自分に一番、違和感をおぼえていた。
十五の誕生月──くしくも月のみで日はいつだかわからない──を迎え、だんだんと初任務を終えた忍者が増える年。
任務を一度でもこなせば忍者の中では最も下等な下忍になることができる。
ところがゼンの元に任務の呼び声がかかることはなかった。
周囲と比べて劣っている箇所があるのか、と自らの粗を探すものの、納得のいかない答えが出てくれば、いつもより訓練の数を多くしては不安をまぎらわせた。
──いつかは……春が来る頃には。
そう願っては、遠くからジュウの姿を見つめ続けた。
冬空に赤く映える春の色。
合いもしない眼が憎くなるほどに、ジュウは光を帯びて見えた。
あと一月半もすれば春の芽吹きに里が染まるだろう。
無為に降り積もった日々に終止符が打たれたのは、めずらしく雪の降る日のことであった。
この国の雪は解けない。
滅多に降ることもないが、大雪ともなればその年は一月ほど雪かきに費やされることとなる。
大体は地域に一つ雪原や雪山などがあるので、里、村、町の者が総出でそこへと運ぶ。
何十年かぶりの雪に周囲は歓喜の声をあげた。
天から降る雪で辺りが白く染まる頃、全員が雪から眼をそらす。
召集がかかれば皆、からくりのように列をつくり雪山へと向かった。
雪山、となれば雪かきなのだろうが、それならばわざわざ雪山に向かうこともない。
誰もが胸裏に疑問を抱いていただろうが、誰も口には出さなかった。
山頂手前の広場にて雪の舞う中、長とジュウが二人、腕に木箱を持ち立っていた。
なんともいえない不安がゆっくりと胸を下る。
ちくりちくりと細かく刺さるような痛みに自然と躯が強張った。
つくられていた列を誘うようにして木箱へ向かい並ばせる。
順にくじを引くこととなりゼンも同様にくじを引き終えた。
最後に残った一枚を、長の背後からゆらり姿を現したジュウが取り出した。
寒空の下、頭に挿してある簪が揺れる。
雰囲気ががらりと変わったように思えるのは雪の中の錯覚なのだろうと、ゼンは瞼を閉じた。
雪の白さに映えるこの香は、春を待ちわびてのことだろう、と。
──けれど、春はまだ先の……。