華信(仮)
□第五話 不切絲
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そういえば、と指先がはたと止まった。
甲から腕へ上り行くはずの指がぴたり動かなくなったものだから、女は自然肩先を見やった。
「……どうかした?」
ぽつり問う女の声はひっそりとして抑揚がない。
行燈の下小さく谺しぼんやり揺らげば消えていく。
肩先にやった瞳も一拍程度ですぐに向こうへと。
月明かりの照らす女の白肌を何気なしに見つめたまま、ゼンは口を開いた。
「いや……」
震えを隠そうと離した指先につられ、心はいつの間にか遠のいてしまった時へと駆ける。
──ヤジも。
一度、今の自分らと同じ雰囲気を漂わせていた時期があった。
記憶は一つの疑問に応えるように確信へと導く。
雪山や雪原で、一枚の葉を二つに割き、鐘の音を合図にそれを盗りあったことかららしい。
毎年、冬の訪れには何処の里でも規定の人数を超えていればやる必要があるという。
厳しく口止めをされているためか誰も教えはしない。
十五を越えた子ともいえず、大人ともいえない彼らの秘密。
──だからだ。
だからあの時、哀れみの顔で誰もが自分らを見つめていたのだとわかった。
ヤジの哀れみ、憂う表情。赤の瞳がゆらり煌いたわけが。
思い出す冬の異様な血の香りと沈んだ空気、昔はわからなかった事柄が、胸に沈み渦を巻いては心をかき乱す。
沈ませるように、跳ね上げるように。
泳ぐように、叩きつけるように。
ヤジたちが十五を過ぎ五年あまりが経った頃。
ジュウとゼンは十を迎え、二人の隔たりが大きく高く積まれた頃だった。
目元に布を巻き、ヤジは決して瞼すらを見せようとしなかった。
それを境にどう猛な気を吐き始め、もともと荒々しい性格であったのは確かだったが、それの比ではなくなった。
この頃になるとジュウも本格的に剣舞を習う年頃になり、次第に増した舞の稽古にゼンは一人の時を増やしていった。
巻いた布からでさえ何もかもを見透かすヤジには次第に近寄りづらくなり、けれど二人以外の者とでは何をしても楽しくはなかった。
──ヤジは……。
何を想っていたのだろうか。
二十を境に何があったのだろうか。
自分自身は、何を境に思い、遠のいてしまったのだろうか。