華信(仮)
□第六話 春意の芳、椿
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朝陽が瞳を劈き、瞼が閉じる瞬間に、ゼンは深く後悔した。
──もっと抵抗すればよかった。
抵抗できないわけがなかった。
どうにかして拒否することも、できるはずだった。
この拳が示してくれるはずだったのだ。
しかし目先に転がった拳は力なく開き、わずかな力すら入りそうにもない。
放心した瞳はどこを見つめるわけでもなく、手の内を見つめていた。
躯が汗ばんで重い。
極度の緊張と苦痛に未だ汗は滴り落ちる。
特に鈍痛を放っていた下半身は、背後から差しのべられた手のひらにより癒されていた。
「まだ痛むか?」
小さく首を左右に振る。
するとやんわり包まれていた感触がすっぽりと抜け落ち、浮いているかのよう思えた下半身がずしりと重みを増した。
このようなことに使う日が来ると思いもしなかったが、術を使った当の本人は慣れた様子でゼンの肩に手をかけた。
「ごめん、な。こっち、向けよ」
その声に、無言のまま寝返りを打った。
麗人とまで言われたジュウの顔が、すぐ側にあった。
長髪を床に垂らし、憂いの瞳をこちらに向けている。
ぼんやりとその瞳を眺めていると、不意に唇を吸われた。
逃げようともがく手が、ジュウの肌を叩く。
叩かれてもなお、ゼンの躯を縛り付けるように抑え、苦笑を見せた。
「そんなに嫌がるなよ」
「……お前、言ってること滅茶苦茶じゃないかっ!」
「いいよ、もう。滅茶苦茶で」
言うと首筋に唇を落とす。
「やめろ!」
ぞわっと鳥肌が立つと同時に、ぐっと力を入れて躯を引き離した。
疲労した躯がひどく重い。心も色が塗られたように重い。
後ずさりし保たれた距離に、ジュウは冷ややかな目つきを向けた。
「……逃げるなら、昨日逃げればよかったじゃん」
嘲った口調はゼンの心をかき乱す。
様様な想いと疲労、悔しさが伴い下唇をぎゅっと噛みしめた。
見透かすような瞳をゼンに定めたまま、ジュウは半身起き上がると膝を抱いたまま上目に言う。
「同性との性技、どうする」
え、とゼンが俯いていた顔をあげた。
「素人のほうが、おれの無理矢理よりよほど乱暴だと思うが、どうする」
切れ長な眼がこちらを射るように見つめてくる。
俺と組まないか、そう言ってくるジュウの瞳は、未だ見たことのないほど男らしかった。
ゼンは眼をそらしながら、小さくつぶやいた。
「……俺は、やるほうだ」
「なるほど」
そうだったか、とくつくつ笑いながら、ジュウは足をくずし胡坐をかいた。
着崩れた着物から垣間見えたのは平らな胸板。
肩は角ばりしっかりとしてきた骨格。
明らかに女ではない風貌を見、ゼンは現実にひどく落胆した。