華信(仮)
□第七話 情繋
1ページ/5ページ
しとしと、紫陽花の葉を打つ音。
湿り気の衣を鬱陶しく感じながら、自室に篭ってひたすらに書きなぐる。
雨期を過ぎた頃に薬学の試験を受けなければならない。
生まれたときからここにいる、とは言っても出来が悪ければ里を追い出される。
それを知ったのは五つくらいのときだったか、生まれ持って運動能力の伸びが悪く、容姿も勉学も秀でてないものが売られていった。
【あれはなあ、黄泉へ行くんだ。黄泉の国、黄泉の国】
と、十歳年上であったヤジが朱色の瞳を揺らし、笑いながら脅かしてきたのを覚えている。
彼らが本当に黄泉の国へ行ったか行かないかは知らないが、おそらく行かないでもそこに近いところにはいるだろう。
ぱたりと手を止め、畳の上にどっと倒れこんだ。
雨に濡れた土の香りを嗅ぎながら、あの椿の香りを思い出す。
──ヤジに、似ていた。
チナ、というあの女は祇豪の忍者だという。
こうも気になるのは一体なぜなのか。里違いだから異質に見えて、単に気になるだけのか。
それとも、ヤジに似ているからなのか。
鼻孔にまとわりつくような椿の香りが、いくら経っても忘れられない。
他の香りを嗅いでも、椿の香りがすぐ傍らにやってくる。
腕で目を覆っても、あの笑顔と憂うような表情が目の裏にこびりつくようにして残る。
ほてった体温を腕で感じ取りながら、水溜りをはねる音に耳が立った。
蛙か、それとも……
――いや、蛙じゃない。
ゼンは即座に身を起こし、窓先を見やった。からん、と通りの良い音がする。
「……それどころじゃないぞ、今日は」
下駄を脱ぐ仕草が窓枠からゆらり覗かれた。片方は先ほどの音で、下に落ちてしまったのだろう。
左足に手をつけただけで素足が畳に落とされた。
雨に濡れ水気を帯びた身体は異常なほどに艶かしい。
濡れた長着からはしっかりとした骨格が見え、水滴る髪を垂らしたまま笑顔を見せる。
不覚にも自分の胸が高鳴ったのを、ゼンは聴かなかったことにしたくて目をそらした。
ここのところジュウは、ろくに髪を結いもせず部屋に来ては行為を催促してくる。