華信(仮)

□第九話 半月慕情
1ページ/5ページ

 雨期が過ぎ、南風が吹きあれる。

 筆記試験は無事に終わり、合格の通知もきた。
 これから冬の終わりごろまでは試験の一つも行われることはない。
 互いに時間の合うようになった二人は、いつものように一室で膳を囲んでいた。


 箸でつまんで隅にやるのを、見られないように素早くやり遂げる。

「……ゼン」

 呼ばれてもそ知らぬふりして箸を魚へと移した。
 雨の止んだあとにやってきた熱に、蝉が幾重にも声をあげて鳴いている。

「ゼン、ちゃんと全部食べな」

 しぶしぶといった風に、魚の身をほぐす箸を、茶碗の隅にあった茄子へと運ぶ。

「……食べてくれない?」
「やだ」

 がくんと肩を落とし、食べる前から苦渋を示す顔。
 微笑ましく見守っていると、戸の向こうから声がかかる。
 応えて目一つの合図を送れば、側に寄ってきた伝令係が耳元でこそっと囁いた。

「わかった」

 即座に手先でひらと払い、中央にしわをよせているゼンに向いた。
 水で茄子を押し込む様に苦笑しながら、息のかかるほど側に寄り、手をそえて耳打ちをする。

「ギンジが来たって」

 驚いて口の端から水をこぼしたゼンに、ジュウは慌てて手拭をやった。
 少し拭いてやってから手拭を押しつけ、立ち上がり戸の奥に消えていく。

 むせ返るゼンはしばらく咳き込んで、ようやく胸をなでおろした。
 が、胸はどくりと波打つ。

「ギンジが来る……」

 甦るは遠い記憶。十になったばかりの、意気だけは一人前だった頃。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ