華信(仮)

□第十話 交錯恋慕
1ページ/8ページ

 今朝は、とても静かだった。

 蝉の鳴き声もどこか小さくなり、陽射しもさして強くない。
 ゼンはいつもと少しばかり違う静けさに、早々に目を覚ましてしまった。

 昨夜のことを思い返すにはまだ早い。
 けれども、その残骸を見て、ゼンは昨夜の出来事を思い返してしまった。


 ──チナ。

 チナを想って夢想した。
 昨夜と今朝では温度差がありすぎる。
 落差に驚く心につられ、身体中から力が抜けていく。
 寝起きも相伴い、ゼンの身体は布団に力なく横たえられていた。

 ──なんてことを。

 罪悪感の襲う心の内に、ひっそりと、だが確かに佇む椿の香り。
 今すぐにでも嗅ぎたくなるその芳香を想うと、どくり胸が打つ。
 罪悪感もすぐ波にさらわれて、押しては返す想いだけが胸をなでた。


 そのとき、戸が急に開かれた。

 驚いて身を起こすも、この相部屋の男子だとわかると力んだ身体もやわらぐ。
 別段、驚いた者を見ても忍者はなんとも思うことがない。
 自分が逆の立場でも、同じ風に身を起こし警戒することが身についているからである。

 しかし、男子はいったん自分の荷物をまさぐった手を止め、驚いた様子でこちらに振り向いた。

「あ……」

 上目を向いて、何かを思い出したことに驚きを示す。その後すぐに眼はゼンに置かれた。

「寮長が五つ半(午前九時)に客間へ……」

 男子の声が途切れたのは、ちょうど鐘が鳴り響いたからだった。
 即座に寝間着を剥いで忍者特有の装束をつかむ。

「わりぃなあ、ちょっと遅かったなあ」

 まるで悪いと思っていないだろうに、男子は言葉をそえて部屋を出て行った。


 急いで身支度をすまし、客間に向かう。
 屋根へつながるからくりを一つ外し、同じからくりを施してから屋根を渡った。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ