華信(仮)
□第十話 交錯恋慕
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今朝は、とても静かだった。
蝉の鳴き声もどこか小さくなり、陽射しもさして強くない。
ゼンはいつもと少しばかり違う静けさに、早々に目を覚ましてしまった。
昨夜のことを思い返すにはまだ早い。
けれども、その残骸を見て、ゼンは昨夜の出来事を思い返してしまった。
──チナ。
チナを想って夢想した。
昨夜と今朝では温度差がありすぎる。
落差に驚く心につられ、身体中から力が抜けていく。
寝起きも相伴い、ゼンの身体は布団に力なく横たえられていた。
──なんてことを。
罪悪感の襲う心の内に、ひっそりと、だが確かに佇む椿の香り。
今すぐにでも嗅ぎたくなるその芳香を想うと、どくり胸が打つ。
罪悪感もすぐ波にさらわれて、押しては返す想いだけが胸をなでた。
そのとき、戸が急に開かれた。
驚いて身を起こすも、この相部屋の男子だとわかると力んだ身体もやわらぐ。
別段、驚いた者を見ても忍者はなんとも思うことがない。
自分が逆の立場でも、同じ風に身を起こし警戒することが身についているからである。
しかし、男子はいったん自分の荷物をまさぐった手を止め、驚いた様子でこちらに振り向いた。
「あ……」
上目を向いて、何かを思い出したことに驚きを示す。その後すぐに眼はゼンに置かれた。
「寮長が五つ半(午前九時)に客間へ……」
男子の声が途切れたのは、ちょうど鐘が鳴り響いたからだった。
即座に寝間着を剥いで忍者特有の装束をつかむ。
「わりぃなあ、ちょっと遅かったなあ」
まるで悪いと思っていないだろうに、男子は言葉をそえて部屋を出て行った。
急いで身支度をすまし、客間に向かう。
屋根へつながるからくりを一つ外し、同じからくりを施してから屋根を渡った。