華信(仮)

□第十一話 千色紬絲
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 楓が散りはじめた。
 蟋蟀の声が草をわけて部屋まで届いてくる。
 遠くに植えられている銀杏が香り、葉が風に乗せられておよぐ。

 地面に落ちるのを、ゼンは縁側に座りぼんやりと眺めていた。

 ──あれきり。

 【言わないでくれ……】


 ああ言われてから、あれきり、ジュウはぱったりとゼンを避けるようになった。

 廊下ですれ違いでもすればすぐに踵を返し、食事の誘いもなくなった。
 部屋にたずねても大抵は留守で、居場所すら知れない日々が続いた。

「ギン様の宴、準備しなきゃ」

 女中がそう言い合いながら後ろを駆けて行った。
 彼女らは全員が橙の、裾の短い着物に身を包んでいる。
 着物の下には漆黒の衣が二重に合わさり、股から伸びる脚は常に黒、手足首、顔以外の身体という身体をすべて覆う服装をしている。

 里にいる忍者でない者の大抵は、近くの町や村から奉公に上がった子たちだった。
 定期的に町や村を監督する役目が、里にはある。
 そこで目についた利発そうな子に、片っ端から奉公の話を出す。
 男女問わずであったが、比較的女のほうが優遇されていた。

 運がよければ忍者に向かない者も女中や若衆として扱われることがある。
 けれども奉公の話を出すのは何年かに一度の話であるし、そうそう人を雇っても地方では無駄でしかない。
 だから忍者の道から外れた者は、ほとんどが里を追い出されることとなった。

「……またさぼりか」


 威勢の良い声が空を切った。
 思わず身を強張らせ背後を見やる。

 橙の着物に紫の羽織りをかぶった、いかにも気の強そうな目つきの女が立っていた。

「さぼりじゃねえよ」

 厭厭な表情を顔面に浮き出して、項に手をかけながらゼンは反論した。

「何もせずぼうっとしていることが、さぼりではないと?
 忍者がそんなじゃ示しがつかねえ。さっさと立ちやがれ」

 座っていた背中を、女は思い切り足蹴してゼンを庭に突き出した。
 くるりと回転して身を起こし、仕方ないといった風に砂を払いながら縁側に立つ。
 向き合った女はゼンを仰ぐように見て、微笑をこぼした。

「背、おおきくなったな」
「お前は……相変わらずだな。女じゃねえだろ、男だろ」

 少しの冗談にも先ほどと同様の強い蹴りが脇から入れられた。

「……とんと会っていなかったな。いつの間にそんな偉くなった?」
「一昨年に年長だったお方の年季があけたんだ」

 紫の羽織りといえば、女中全体を取り仕切る立場にいる者が羽織るものだった。

 忍者と非忍の関わりは薄い。
 一年会わないというのは常であったし、すれ違いもしないのがほとんどであった。
 幼少の頃、膳を運ぶ女中にぶつかってしまったことから、ゼンはこの女と知り合いというほどの関係があった。

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