escapade

□第一話 【糸の切れ端】3
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 俺は学校をあとにし、シロの運転した車で私立病院へと向かうことになった。
 八兎病院。俺が産まれた病院でもあるし、俺の苦手な人間が居る場所でもある。


「……すみません。藍染リュウヤさんの病室は何処ですか」


 聞いておきながら、正直入れなかったらどうしよう、などとも考えていた。
 どうやら今日の体調は良いようだ。


「あー! 真志くん!」


 ……嘘だろおい。
 嘘だと思う。
 嘘だよ、絶対。
 ……そうしておこう。
 嘘だよな。
 嘘だと思う。

 ので、振り向かなかった。


「真志くんっ!」


 抱きつかれ思わずグエッとか声を出してしまった。
 いや、そんなまさか、ナースステーションに来てすぐ見つかるだなんて思わないじゃないか。


「えへっ」


 と言われましても俺の顔は引きつったまま、それでも笑顔を返してやろうと口角を思いきり上げた。


「悪いけど栄登に頼まれてんだ」

「うんっ、知ってるー」


 もう突っ込みもする気力すらない。
 俺はこいつが苦手だ。


「最近、会いにきてくれないんだもん。久しぶりに会えてうれしいよっ」

「……ああ。まあ、うん、わかったから。用あるから行くな」

 やわらかな髪はウエーブがかっていて、黒眼の多い瞳は沙紀と対照的にとても可愛らしく見える。
 そこらへんを歩いていればナンパだってされるだろう。

 小柄で華奢で、その上何事にも秀でている。それでいてこの病院の一人娘。
 だというのに上島 紀子(うえじま のりこ)は、俺になついてやまない。

 人に好かれて悪い気はしないものの、応えられないとなると鬱陶しい。

「えーっ……」

 紀子がうるうると涙目になっているだろうと想像しながら、俺は振り返らずに去った。

 犬を置いて家を出るような気分になるので、いつもいつも紀子とは関わりたくない。





 
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