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□纏綿桜
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 ――急に来て急にいなくなる。
 つかんだらいなくなって、離したら現れる。
 いつも側にいてくれるって、約束したのはもう忘れた?

 ……いっそ忘れさせてほしい。

「あー、疲れたあ。いやあ、変わったなあ。
 二年で結構変わるのなあ。あ、美香もな。老けたよなあ」

 手に取った蜜柑を思い切りつぶしてしまった。

「あーあー。もったいない」

 液の滴る手先を、舌で舐めとりながら啓がいった。
 疑問が絡まって玉をつくってる。ほどけそうにないから目先にある疑問をぶつけた。

「なんで帰ってきたの」
「え? 帰ってきちゃ悪かった?」

 無邪気な笑顔でそうしてごまかす。
 ふつふつと煮え返るものが、私の心の中ではじけはじめた。

「悪いって言ったら?」
「言わせない」

 一瞬で首の後ろに手がまわって、顔がぐんと前に出る。それを受け止めるのは当然、啓だ。

「……前より美人になったなあ」

 ひげの濃くなった、首の太くなった、声の低くなった啓のほうが、誰だかわからないほど別人に見える。
 妙なむなしさにふたをして、重い口元を精一杯ゆるめた。

「世辞はいらないっす」
「うっそだあー、嬉しいくせに」

 くつくつと笑って鼻をこすりつけてくる。犬みたいに、遊んでるみたいに、いや遊んでるんだけど。

「おなかへった」

 唇にかするようなキスをして、啓は無邪気に笑って見せた。

「何もつくってないよ」
「じゃ今つくって」
「何でよ! さっさと家に帰ればいいじゃん! すぐそこじゃない」

 冷たくあしらうと見るからに身をすくめるから、結局私もわがままを通らせてしまう。
 私だって、こんなの私のためじゃないし啓のためじゃないとわかっている。


 ――わかってるかな? ほんとうに、わかってる?

 考えると身体が散り散りになりそうだから、私はいつも考えないようにしていた。

 わかっているふりして逃げるのが、私の得意技なのだ。

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