華信(仮)
□第一話 生業の言ノ葉
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「……なんの話、するの?」
躯がずり、と引きずられたままに、ゼンは疑問を口にした。
けれど問いかけに答えずヤジは黙り込んだまま、廊下の先々にある曲がり角に躯を乱暴に当てる。
ここ屯の里は屋敷が入り組み、曲がり角がいくつも姿を現す。
慣れた者でなければ何処にも出れないと言われるほど、はては寮で迷子になって見つからなかった者もいるだとか、もっぱら夏場に怪談話として栄える話だった。
客間は単純なつくりになり別館にあるが、忍者の自室などはこうも曲がりくねった迷宮の中にあった。
「……なあ、ヤジ…………」
もう一度声をかけても、ヤジからの言葉はない。
「……ヤジ!
……痛いんだけどっ。自分で歩くから手、はなしてよ」
一向に口を開かないヤジに向かい、五つ目の曲がり角にさしかかってゼンが叫んだ。
着物越しであるにしても、尻から腰が摩擦されて、じりと熱を持っている。
曲がり角にさしかかるたび無理にぶつけられる足も、引きずられる際に首を絞める衣も、不快にしかならない。
また沈黙でいるのかと思っていた矢先、ヤジはぱたりと足を止め、格子ひとつほどしかない廊下の中、かすかにあの瞳を煌々とさせた。
「やっと言ったか。のろまめ。
お前は敵にこうして引きずられても、今のように暫くしないと行動をとらないのか」
乱暴に襟元を離されて、床にすとんと身が落ちた。
赤い瞳が、光の差し込まない廊下でもきらっと蠢いている。
ゼンは着崩れをなおしながら、すくっと立ち上がった。
「なんでもかんでも任務と結びつけるのやめてよ」
襟元を正すゼンの胸元を、どんと叩いてヤジは言う。
「なぜ? 俺たちはそのためにいるんじゃないか。
まさか勘違い、してないよな?」
光が届いていないはずなのに、どうしてヤジの赤い瞳は蠢いているのだろうか。それはやはり、ヤジが特別だからだった。
──千里を見通す眼。
勘違いとは言外に呆けているなということか、とゼンは真っ直ぐな瞳で見返しながら思う。
「……勘違い?」
確認するように問うと、ヤジは嘲笑を浮かべた。
「言葉にしなくても、お前の心はわかっているらしいが?」
千里の眼で見透かされ、顔に火が灯る。
純粋に反応するゼンに失笑して、赤の瞳はゆらゆらと揺らいだ。
「……知らないっ」
ぶんっとさえぎるように振った腕を、容易く押さえつけられる。
「ならば教えてやろうか」
「いいよもう!」
ぎゅうと力が加わりそうなのを見計らって、振り落とそうと必死でもがいた。
腕を取られると必ず技をかけられることは、もう何年も前から学習したことだ。
ぱっと離れたゼンの腕と顔を交互に見、ヤジは赤の瞳を一層に赤くして笑う。
「ははっ」
ヤジは軽く嘲笑すると、手招きをして先を進みゆく。
その背を見つめながら、ゼンは背筋にわいた汗が伝うのを感じた。
──この背を見るのが怖い。
尊敬とともに増していく畏怖に、たまらなく恐怖を感じるときがある。
──……けれど。
もっと側にいて色々と旅の話を聞きたい。
もっともっと色々かまってほしい。
いっそのこと冗談半分ではあるが抱かれてもいいとさえ思う。
少しでも側にいてみたい。
無論、恋や愛などとは程遠い感情で。
──任務の話をするときのヤジは、きらいだ……。
いつもその話でこの躯引き剥がし、遠ざけるように胸をつくから。
●NovelーLine●
.。StoryS。.