華信(仮)

□第二話 追憶通
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 ふっと入り込んできた不穏な気配を感じると同時に、夢の断片が散り散りに消え去った。


 瞬時に胸元をまさぐり、苦無を柱へ向けて飛ばす。

 暗闇広がる寝間の中、中腰の姿勢で相手の気配をうかがう。


 瞳が暗闇に慣れるより前に、開いたままの窓から月明かりがぼんやりと現れた。

 ゆらり行く雲の割れ目から月が現れると、相手の顔面が徐々にひもとけていく。


 逆光で黒に帯びたゼンの瞳がとらえたのは、苦無をすべて指に挟みとめたジュウの姿だった。


 静かに笑んだまま佇むジュウを中心に、馥郁としたいつもの香りが、部屋中に満ちていた。


「……なあんだ。ジュウか」

「敵かなにかだと思った?」


 投げ渡された苦無を懐にしまいこみながら、ゼンは小さなため息をついた。


「……いや。ヤジかなにかだと」


 崩れ乱れた着物姿と、ジュウの香りに混じった特異な匂い。

 それが安易に何をしてきたのかを知らせてくれる。


 ゼンは眉間に皺を寄せ、厭厭そうに問うた。


「……それで、夜半になんのようだ」

「ゼン」


 言下に名を呼ばれ、ゼンの瞳がジュウへと向かう。

 そこから誘うようにジュウは床に腰を座らせて、わざとらしく足をずらした。


 雪をよぎらせる色白な足の曲線を、同じように白く細い指先が渡っていく。

 導かれる視線をそのままに、ジュウが薄く紅い唇を小さく開く。


「……ゼン、普通は“ヤジかなにか”と判断してはいけないよね。敵だと思わなきゃ。
 それとも、冗談だっただけ?」


 さながら女の口調で、乱れた黒髪をかきあげながら言った。

「……別に」


 ぶっきらぼうに返し顔をそむけるゼンに、ジュウは微笑しつつ黒髪を結いなおしながら言葉をつむいでく。


「そう。
 ……さっきね、ヤジのところに行ってたんだ」

「昼間の件で? その格好で?」


 ゼンの問いに答えず、その麗しい顔を微かにゆるませて、笑みを向ける。

 明らかに同年の男子ではない女顔で、そうした笑顔を向けられることに、ゼンの胸は不器用に動揺した。


 その笑みは肯定の意味なのだろうか。

 それとも、もっと違う意味の笑みなのだろうか。


 心を汲みとろうとした自分に、ゼンは嫌気を感じ床に視線を這わせた。

 ──こいつと会うと、いつもこれだ。


 わざわざ行為の香のたったままゼンの部屋をたずねてきては他愛もない話をし、身を整え帰っていく。

 陽のあるうちは悪戯をされて、決して本心を見せようとはしない。

 まともな会話が繋がれるのは夜の内だけであったが、どちらが良いとも思えない。

 まとわりつくこの艶めかしい香りが、五感をすべてさらって行ってしまうような。


 ──むかしのように、なっていたい。


 独特の妖艶さが増すにつれて、ジュウは追うように変わっていく。

 任務をこなすごとに冷たさに拍車がかかっていくヤジへと向かって。
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