華信(仮)

□第三話 散らねばより美しい
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「なあ。夜桜見てなにい思うとる?」


 いきなりの声に、ゼンは全身を震わせて驚きを見せた。

 肩に乗った腕はずっしりと重い。


 頬を瞳と同じほど赤く染めた、ほろ酔いのヤジが側にいた。

 驚いたゼンを見ると小さく笑い、手元の酒をゼンの口元に近づける。


「ええ酒よ。お前も飲みいや」

「いらん!」


 両の手で拒否するとヤジは「真面目やなあ」とからから笑った。


「……標準語はいいのかよ。俺たちには厳しかったくせに」

「お? そら臨機応変にな」


 言ってまたからからと笑う。

 同じようにに呵呵大笑する一同が、遠巻きに聞こえてくる。

 ヤジが桜をみあげているのを見、ゼンも桜を見上げた。


 縷々と流れ落ちる桜の花弁が、儚く散るさまが、ゼンの目頭を徐々に熱くする。



「桜など散らねばより美しいだろうに」


 ヤジの袖を小さく握り、ゼンは子供のような顔をしてつぶやいた。

 ヤジの瞳が花弁から離れゼンを見る。

 ふっと離れた袖の感触。


「散るのが美しいんだろ。
 俺も、散ってくるかなあ」


 冷たさの奥に暖かさを含んだ、ヤジのあの声が耳元に痛く谺した。


「ヤジ……!」

 ふざけた調子で言うヤジに、思わずゼンの声があがる。


 ──そんなこと言うな。


 何を期待しているのかが自分自身わからない。

 その困惑した顔つきに、冷徹な顔を向けヤジは笑んだ。


「なに? 散らぬ桜など桜じゃねえぞ。散りゆく様がいいんじゃないの」



 余裕を含んだヤジの笑みが、引き止める手を退かせた。


 遠くから聞こえる名を呼ぶ声に、ヤジは笑顔のまま駆けて行く。

 いつか見た背と違う背を羽織り、赤の瞳はもう向けられやしない。


 ──あの瞳に映る姿。

 きっと見れる。もう一度、あの瞳の中に映る自分の姿を。


 桜を仰ぎ見て、こぼれそうになった涙をどうにかとどまらす。

 たった一筋流れ落ちた涙を、誰にも見られないよう袖で拭った。
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