華信(仮)
□第四話 麗春馨香
2ページ/3ページ
「開!」
長の声が周囲にとどろくと、閉じていた瞼を開き慌ててくじを開いた。
紙を開く音が幾重にもなって周囲に谺する。
ゼンはくじに書かれている番号に首を傾げ、自然とジュウに眼をやった。
声もなく問うているように、そしてジュウもそれに応えるかのように物憂げな瞳を返してくる。
「全員、刀をとれ」
やがて全員が番号を確認したと見ると、長が威厳ある声色で言った。
微かな金属音の奏での後、召集時に言われていたとおりの、反りの入った身の細い刀がぞろりと姿を現す。
「くじと同数の紙が二枚になったら一人で里に下りてくること。
紙の紛失、二枚でない場合は、極刑に処す」
ざわっとし一同が意味を図りかねた瞬間のことだった。
秒にも満たない間に殺気が網を張る。
ゼンは反射的にその場から木々に飛び乗った。
横を向くと同じように一度態勢を整えようとした者が居る。
しかしすぐに横から苦無が飛んでくると、首を貫通した彼の躯は雪の中へと投じられた。
自らにも同じように向かってきた苦無をすべてはさみ止め、枝伝いに誰もいない場を探し移動した。
やがて雪の上に足を落とすと、その重みにゼンは驚愕した。
踏み込む足は震え、思うように身動きが取れない。
──嘘だ、こんなの、夢幻。嘘だ、嘘……。
不意にあげた眼に映るのは、血肉の香りと赤い色。
聞こえてくるは喊声と激しい鍔競りの音。
この光景は一体なんなのだろうか、ゼンは立ちすくみ眉をしかめた。
長の言葉の意味は、今ならわかる。
同じ番号を引いた者から番号を奪い取り、里に下りる。それで合格の試験。
──ならば、殺す必要は……。
途端、頬を掠めた刀が木に突き刺さる。
仲間の亡骸から刀を抜く仲間の姿。
苦無が飛んでくるのをかわし、雪に取られた足を抜く。
そのまま転げて四方から投げられた苦無をかわし、目前に迫ってきた男子と刀を打ち合った。
はじいて躯をかわし、訓練と同様の動作で切り込みを入れる。
──……あ。
戸惑いから返り血を浴びると、視界の色が赤に染まった。
肉を切る感触を覚えた手の内が強張り震えだす。
苦無を刀ではじき、胸元にあった苦無を相手のほうへ投げた。
震える手をどうにかしようとして、唇がきつく結ばれる。
距離を取り、じりと雪を踏み込んだところで背に背が重なるのがわかった。
あの香り、今でも、この今でさえも、春を思い立たせるあの香り。