華信(仮)

□第六話 春意の芳、椿
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 足先をいじりながら、ジュウはくすりと笑んだまま言葉をつむぐ。


「……でも、どちらにしろ三月交代でなるわけだから」

「ジュウは俺とやりたいのか」


 遠まわしな言い方に苛立ったゼンは、投げるように言い放つ。

 その声色に肩を揺らしながら、ジュウは微笑ましそうな表情をつくった。


「素直だなあ」


 横から射す朝陽のせいか、ジュウの笑顔が以前より明るく見える。

 尖った心もその笑顔を見れば角を失くしてしまう。

 いつか見た笑顔をもう一度見れた気がして、ゼンの瞳は揺らぐことなくジュウの存在を見つめた。


「正直言ってやりたいねえ。ゼンが他のやつとやるのは、あまり想像したくないことだし」


 一瞬にして笑顔を失くしたジュウに、ゼンは少し驚いてから眉間に皺を寄せた。

 訪れた沈黙にジュウは懐にあった煙管を取り出す。

 そうそう吸えるものでもないが、ジュウとなれば高価ともいえる代物ではないだろう。


 術をかけ、指先からの炎であぶった。

 独特の香りが混ざり合って鼻をつく。


「……いつから」


 首を傾げるジュウの顔は、昔と似ても似つかない。

 表情の薄くなった顔面からは冷たさが溢れ、瞼伏せれば悲しみが映る。


 ──いつから……。


「いつから、そんなことを」


 ゼンの問いに、ジュウは目線を天井に向け考えるように瞬きをした。


「いつから……か。いつ頃だったかな。

 ヤジとやったのは確か十歳くらいの頃だから……えっと」


「……待て」


 思わず手を前へ突き出し、ゼンは耳を近づけるようにして問う。


「……なに? ヤジとなにをやったって」


 聞き捨てならない言葉が放たれたような気がし、やや表情が歪んだ。

 話を遮ってまで問うゼンを何食わぬ顔で見つめ、一拍の間を置いて思いついたようにジュウは声を放った。


「ああ。言ってなかったもんな」
「だから、なにを」
「ヤジとは十で性交した」


 その言葉に、ゼンは開いたままの口をそのままにしばらく動きを忘れた。

 しっかりと聞こえた言葉をもう一度確かめてみようと思うものの、恐怖で声が出そうになかった。


「べつに、おれは元元そういう道に行く立場だし、ヤジもそうだったから」


 言葉つむげないゼンに、続けてジュウは言葉をそえる。


「大体、専攻に割り振られれば幼い頃から小さな手解きは受けるんだ。

 どの専攻も一緒。ヤジがいようといなかろうと、十頃にはこなさなければならないものだったろう。

 専攻の中でも権力が最も有る者から年少の者を教える慣わしがある」


 促すようなやり方や、後の処理、術の使い道。

 すべてに慣れていたのはそういうことだったのか。

 わかると何処からか悲しげな感情が押し寄せた。


「でも、ヤジは仕事以外で男を相手にはしない、って……」


 消え入ってしまいそうなほど弱く放たれた言葉に、ジュウは笑みを浮かべたまま応える。


「ああ。遠征前のときに言ってたね。

 ヤジはうそつきだから。笑いをこらえるのが大変だったよ」


 くすり笑ったかと思うとすぐに瞳は悲しみを帯び、表情は冷たさを持つ。


「……それに、仕事でもある。ヤジがやらないわけにはいかない。他の専攻に示しがつかない」


 言って煙を吐きながら、肩をすくめた。


「まあ、ヤジは美少年に目がないから喜んで食ってたけど。

 あれ、真性なんじゃない? どっからどう見てもさあ、ありゃねえよ……。

 おれそんな勃たねえ」


 貶すような言い方をしつつも、ジュウは笑みを絶やさなかった。


 ──二人だけの……。


 置き去りにされてしまったように感じる躯を、壁に押し付けた。

 このように大きな見えない壁が、常に二人と自分を隔てていたように思う。


 自分だけ知らない二人の姿。

 見えないように感じていたが、確かに在った。壁も、二人の本来の姿も。


 ──今、見えた……。






 
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