華信(仮)
□第七話 情繋
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「じゃあ、勉強しながらにしよう」
悪意を込めたほほ笑みに、慌てて立ち上がろうと腰を起こした。
けれども瞬時に肩を押さえられ、逃げるにも逃げられない状況へと一変する。
「勉強は無理だろ! って……ああ! 泥っ! どうしてお前は正面から来ないんだよ!」
肩を押さえ込みつつ、身を抱きすくめてくるジュウの長着が泥をつけていた。
ゼンの眉をひそめた形相に、きょとんとした顔をしてジュウは目線を追った。
「泥? ああ、本当だ」
何食わぬ顔で言ってから気にも留めずにゼンへと瞳を移す。
「さっきの水溜りかな。
窓から来ると楽しいんだよ。ゼンも驚くし」
「驚いてるんじゃない! 嫌がってんだよ!」
首元に顔をうずめるジュウの身体を、精一杯に押し出そうとしてみるが、こういうときだけジュウの力には全く抗えなかった。
まるでこのときとばかり男に戻るように、同じ男とて太刀打ちできる力ではない。
だからたまに思う。この男の前では、自分が女なのではないか、と。
女ではないのに女のような立場にいて、だから抗えない。この男が男で、自分が女になるから、だから抗えないのだと。
もがけばもがくほど苦しくて、苦しみに息が途絶えてしまいそうに思う。それで本当に死ねたらどれほど良いのだろう。
断ち切れる糸ならばとっくに刀で切り裂いて散り散りにしてやるのに。
「紫陽花がさあ」
厭厭とした抵抗が止んできたのを見計らい、上手に組み敷きながらジュウが耳元でつぶやいた。
「紫陽花がな、綺麗なんだよ。溜まり処に水がはねるのがな、眺めていて楽しいんだよ」
次の語が想像できて、その場からジュウの顔面を見上げ口を曲げた。
「ここからでも十分見える」
「近くで見るのと遠くで見るの。
もっと近くで見るのともっと遠くで見るの。
自分だけで見るのと、誰かと共に見るの。
それだけでも随分と違うだろ?」
返答される言葉を知っていたかのように言い包められ、ついでの接吻でもう言い返す声すら出そうにない。
それでも悦に入り込む前に、と声を振り絞り言い放った。
「……行かない、からな」
「…………ああ」
しばらく黙ってからひらめいたように言葉をこぼすと、ジュウはそのまま無言でゼンの身体をまさぐっていく。
つぶやいたものの真意がわかるのは行為の最中のことであった。