華信(仮)

□第九話 半月慕情
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 紅葉を極めつつある木々が風にさわさわと揺れていた。
 舞の稽古の終わりを待つのは、たった数ヶ月前から始まったことで、未だ慣れているとはいえなかった。
 足をぶらぶらと揺らせば気がまぎれるだろうか、などと無意味な思索にふける。

 暇をどうにかしようとヤジの部屋へ出向いたが、客人が来るだとかいうことを言われて、駄々をこねる時間もないままにヤジは客間へと走っていってしまった。

 今日は屋敷全体がざわついている。

 こうして待っている途中にも屋根をわたる足音が何回も続いたので、ゼンはよほど偉い人が来るんだなあ、と紅葉を見つめ思っていた。

 屋根をわたれば随分と時間が省ける。この屋敷は部屋という部屋までの間が曲がりくねって異様に長い。
 だから急ぐときは屋根をわたるし、屋根へ通じる入り口のほうが普段使う入り口よりも多かった。

 もっとも、この屋敷に数年はいないと屋敷へ通じる戸を見つけるのは無理に等しいし、見つけたとしても一つからくりの解きを間違えば一生開かなくなる。


【おい! お前いくつだ】

 ゼンはぼうっと眺めていた紅葉から、ぐるりと目を上ずらせた。
 声の出所は上のはずだが、上には天井くらいしか見当たらない。
 もしやと思って庭に出、地面を蹴って易々と屋根へのぼった。

【おう。なんじゃい。下におればよかったんに】

 ゼンは屋根へのぼり、声の主を見て顔をゆがめた。
 ゆがめたのは彼が白に近い色の髪の毛だったからか、忍者間では絶対に羽織らない衣を纏っていたからか、今ではよく覚えていない。
 とにかく一目でこの子は特別だ、と感じた。

 それは目上からの口調、態度からなのか、言葉を惜しみなく郷の言葉で放っているからなのか、ゼンにとっては異質な存在として印象付けられた。

【お前、いくつ? わしと近い? いや、そんなことないな。だってお前、わしより餓鬼の顔しとる】

 自らが抑えろといわれている言葉を悠然と吐く。
 ──彼は自由だ。

 身振り手振り、言葉の紡ぎから、いかに自由を与えられているかがわかる。
 この近辺では絶対にありえない、自由の豪だ。
 気づくと嫉妬で胸が熱くなった。夕を迎えた空の紅さえもとても綺麗とは思えない。

【なんね。無口。ヤジぁこないなやつの何処がよくて目ぇかけとるんやろ……。
 そや、お前、ジュウ知らんか?】

 瞬時にジュウの場所へ行く気だ、と悟った。
 今まで自分がずっと待っていたのに、と嫉妬の念が渦を巻く。
 この子がジュウに会いたいといえば自分は追いやられることになるだろう。根拠は彼の放つ気で十分だった。
 客とはこの子のことで、それでヤジも自分を相手にはしてくれなかった。

 考えると逃げるように屋根を飛び降りていた。


【なんなん! お前、教えぇや!
 なあ! わしのぼったら降りられへんねん!
 せめてわし降ろせぇや!】

 降りられないと知って口角がくっとあがる。
 ジュウの貴重な時間を、このような人物にあげたくないという一心で、その場を去った。

 ──それから、ギンジの嫌がらせが続く。

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