華信(仮)
□第十一話 千色紬絲
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「シノはいつ年季があけるんだ?」
シノと呼ばれた女は、短い黒髪を秋風に揺らすと、上目で考えながら指を折りはじめた。
「あと三年かな」
「あっという間だな」
「ゼンにはあっという間かもしれないが、私たちには長い戦だ。
忍者とは感覚が違う」
ゼンは静かに吹く秋風の冷たさに、うつむいた。
シノは突然うつむいたゼンに、慌てて声をかける。
「あ、変な言い方したな。まあ、人によっちゃ三年なんか三日と変わらんかもな。
他はみんな、十は残っているしな」
シノが肩を揺すったのにはっとして、ゼンは精一杯顔をゆがませ笑みをつくった。
やがてシノは通り過ぎた女中と共に廊下を小走りで駆けていく。
「ギンジ様の宴があるから忙しいんだ。
じゃあ、また今度な。年季開けるときに、挨拶しに行くからよ」
紫の衣がゆらり翻され、奥の暗闇に消えていく。
──忍者とは、違う。
シノに悪気がないのは、わかっている。
けれどだからこそ、シノの真っ直ぐな言葉は容赦なく突き刺さる。
ギンジやシノには自由があった。
その代償につらい想いをしてまで差し出さなければならないものがあるだろう。
──でも……。
今、自分がギンジやシノと代われるならば、その代償をすべて支払っても良かった。
それほどここは息がつまる。
息がつまってつまって、それでも出れないこの箱の中、目の前の自由は眼に痛い。
ギンジが屯山にやってきてから、早二ヶ月が経とうとしていた。
十の内、五は豪遊の宴で、忍者や女中、若衆はそれを疎んでやまなかった。
周りの話を聞く限りでは、屯山にいる女を全員食い尽くさないと帰らない、などと豪語しているらしい。
ゼンはその話を聞きながら、きっと何度かはジュウを呼びつけているだろうと考えた。
なぜならば、美しいからだ。
ゼンがギンジであったなら、きっと女との間に一交わりしたくなると思う。
だからあの時も、ゼンをからかうためではなかっただろう。
ジュウを試し、ゼンの反応も見たかったに違いない。まさに一石二鳥だと、ゼンは感じていた。
ギンジは極めて男色ではないものの、どちらも好んでいるように思える。
──自由。
何をするにも自由があって、だからこそ視野が広く、好みを存分に堪能できる。
あれをしろ、これをしろと、言われることのない生活。
ゼンだけでなく、屯山の里にいる者は全員がギンジを羨みの目で見つめていることだろう。
ジュウもそれこそ言いはしないが、少なからずギンジを羨んでいるに違いない。
──羨んで、それで手に入るなら良いが。
手に入らないからこそ羨み、妬み、どす黒いものが胸にしずんでいく。
ゼンはふうとため息をつき、東玄関のほうに歩みながら頭をかいた。