中篇
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嗚呼、痛いや。
全身が不快な痛みに包まれれば、誰だって嫌だろう。
それさえも好んで受け入れるとすれば、余程特殊な例としか考えられないな、とまだはっきりとしている脳みそが言葉を出した。
そんな自分の余裕っぷりに、思わず苦笑いを零す。
次の瞬間、私の身体は淡い光に包まれた―――いつものように。
―――――――
―――――
前方で揺れる、見慣れた綺麗なエメラルドの髪。
それを視界に納めるなり、私は急いで足を進めた。
「ね、ねぇ!そこの君!!」
「えっ?」
びくりと肩を震わせて、驚いた表情の彼は振り返る。
「今日は駅に近づいちゃだめ!絶対に!!」
「えっ、どうして「とにかく今日は絶対にだめなんだってば!」
私はウキョウの言葉を遮るように言い放つ。
そうすれば、目的を果たした私はこの場所に留まっていることなどできるはずもなく、早足でその場を去った。
向かう先は、事件現場ともなり得るビルだったり、公園だったり。
ビルに関しては、かなり高いところにある、落ちてくるはずの植木鉢をあらかじめ取り除いておく。
効果はどうなのか解らないけど、それでも少しはマシなんだと、そう思いたかった。
「ねぇ、ルナ…綺麗な空だね」
その日、一日中走り回り、気づけば夕方。
見上げた空には赤みが掛かり、幻想的な空が視界を埋めた。
<なんだか、違和感を感じる>
ルナはただ一言、そう返した。
その言葉に、あえて触れず、目の前の踏み切りのシャッターが開くのを待つ。
その間、私はぼんやりと空を見つめ続けた。
私の最愛の彼は空が好きで、よく一緒に空の写真を撮りにいろんなところを回ったな…と、空を見上げれば必ず思い出す記憶。
同じ時期の、同じ8月なのに、もう何百年も前のことに感じる。
「危ない!!!」
「え……っ!」
それは、一瞬の出来事だった。
踏み切りのシャッターが開くと同時に、トラックがこちらへと突っ込んできたのだ。
頭に鈍い衝撃が走り、思わず顔を顰める。
(今まで、今日≠フここは安全だったはずなのに――!!)
まあ、違う世界なのだから、何かが違ってもおかしくないんだけど…。
もしかして今ので死んじゃったかな、と乾いた笑みを零すも、襲ってくる痛みは頭に感じる鈍いものだけで、次に聞こえた声で目を開けた。
「だいじょ――って!血!!血、出てるよ!頭!ど、どうしよう……」
目を開ければ、視界に広がるのはウキョウの姿。
必死になって庇ってくれたようで、その瞳は不安気に揺れた。
思わずドクンッと胸が跳ねる。
「大丈夫だよ、これくらいじゃ死なないし。」
私が何食わぬ顔でそう言えば、ウキョウは驚いたように目を見開いた。
でも、確かに出血量は思ったよりも多かったようで、額から流れ落ちる血がまぶたに触れた。
目に入らないように片目を瞑り、言葉を紡ぐ。
「助けてくれてありがとう」
それじゃ…と続けてその場を去ろうと立ち去ろうと立ち上がれば、捕まれる腕。
「そんな怪我で動き回っちゃ駄目!本来なら病院に行くべきだけど…ひとりで行かせるわけにもいかないし…」
ウキョウは私の腕を掴み、制止したままぶつぶつと呟いた。
でも私は、間接的に触れているウキョウの腕と、透き通るような声に意識を奪われていて、額の痛みなど忘れていた。
「と、とにかく!そんなに血を流して外を歩くわけにも行かないし…緊急事態、ってことで…」
「ひゃっ…」
不意に、私の身体がふわりと浮かんだ。
見えるのは私を除くウキョウと、幻想的な空。
これは、いわゆる――お姫様抱っこだ。
「あ、あの…ウキョウ…」
「え、なんで……俺の名前…」
名前を呼んだ瞬間、ウキョウの身体はびくりと震える。
その瞳は悲しげに揺らいだ。
自分も、名前を呼んでしまったことを後悔しながらも、上手い言い訳が浮かぶわけでもなくに消えそうなほど小さな声で言った。
「…なんでもない」
そのことについて、不審そうな目を向けながらもウキョウが追求しなかったのは幸いだった。
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