中篇
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一旦休憩しようと、私は冥土の羊に立ち寄った。
店に入るなり、いつも8番テーブルに座り、今日もそこに居る彼に意識を惹かれる。
ウキョウも私に気づいたようで、「あっ」と小さく声を上げた。
取り乱すウキョウの姿に、思わず笑みが零れる。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
イッキがそう言って、私をお出迎え。
少し離れたウキョウの向かい側の席に案内する。
「ご注文がお決まりになりましたら―――…」
業務手順の台詞を口にしたイッキは、その言葉を不自然に途切らせた。
思わず顔を覗き込めば、心底驚いたように目を見開いていた。
嗚呼、そうか……体質≠フことか。
「あの、なにか…」
「…いえ、失礼しました。ご注文がお決まりでしたらお呼びください」
私はイッキの背中を見送り、近くに居たサワに注文を頼んだ。
というのも、イッキに関する苦い思い出がどうも心に引っかかるからだ。
何度も移動した世界。
その中で何度も訪れたこの場所。
必然と言ってもいいほど、何度もみんなと会った。
そして、必ずと言っていいほど、自分に魅了されない私に、イッキは興味を持った。
とある世界で、執拗に絡んでくるイッキに、私とイッキは付き合っている、などとウキョウに誤解されたことがあった…。
ウキョウのために全てを捨て、彼の幸せを願ったというのに、あの言葉の傷は簡単には癒えてくれなかった。
それ以降、よほどの用がない限りイッキに近寄るのも、近づけることもしなかった。
そして、慣れない事がもうひとつ。
「おまたせしましたご主人様〜♪」
「ありがとう、ミネちゃん」
目の前の席で、ウキョウとミネは楽しそうに会話を弾ませた。
それを見るだけで、チクリと胸が痛む。
(この世界のウキョウは、ミネと付き合ってるのかな…)
ウキョウの幸せを願ってるのに、やっぱり幸せにするのが自分だったらいいのに、と心のどこかで強く思う。
そう思うのは仕方がないとルナは言ってくれた。
でもやっぱり、ウキョウの幸せを願ってるのに、自分以外との幸せを掴ませるくらいなら壊してやりたいと思う自分は最低だと思う。
そうじゃなくても、原初の世界で、ミネは私と親友だったのに…。
自分は歪んでいるのだと再自覚した。
「お嬢様、お待たせしました。ショートケーキと、執事特製のブレンドです」
コトッと短く音を響かせ、トーマは頼んだものをテーブルに置いた。
トーマを見上げれば、トーマも私を見ていて、視線がぶつかる――。
その瞳は温かく私を迎えてくれて、その胸に飛び込みたい、とも思った。
いつだってトーマは一番に私を気にかけてくれて、助けてくれる。
小さいときに言われた。
「どんなこわいことからも、おれがぜったいにまもるから」
その言葉を、約束を、トーマはずっと覚えていたようで、大きくなってからもいつだって私に手を差し伸べてくれた。
そして、私を知らないはずの世界のトーマも、いつだって暖かかった。
「え、えっと、?俺、注文間違えちゃったかな…」
黙りこくっている私を見て、トーマは焦ったように頭を掻いた。
「あ――いえ、合ってます。…ごめんなさい、見惚れちゃって」
「あはは、嬉しいこと言ってくれますね、このお嬢様は」
そう言って笑うトーマの笑顔は、いつもと変わることなく私に向けられる。
――それが、とても痛い。
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