竜の小説集

□恋姫†無双〜白馬の主従〜まとめ(完結)
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それは突然のことだった。

「袁紹軍襲来!その数約十万!国境を越え、周辺の出城を落としながら進軍しています」

袁紹軍が攻めてきたのである。

攻める素振りすらなかったため、正しく白蓮達は不意を突かれるかたちとなった。

慌てる部下たちをよそに、白蓮は月渓に問いかける。

「月渓、どうすればいい?」

「城を出て戦うべきです」

「理由は?」

「おそらく、このまま籠城したとて多勢に無勢でしょう。ならば、まずは一度相手の士気を落とすべきです。籠城するのはそれからでも遅くはありません」

信頼する月渓の言葉だったが、十万の敵に士気を落とすような打撃を与えられるかは疑問だった。

「だが十万の敵にどうやって損害を与えるんだ?逆にこっちが損害を受けるかもしれないぞ」

「策はあります」

しかし、そんな白蓮に月渓は力強く断言する。

「確かに敵は十万の大軍。ですが、それが仇となるんですよお嬢」

「どういうことだ?」

「圧倒的だからこそ油断が生まれやすいんです。袁紹ならなおさらでしょう。そこに付け入ります」

そこまできて白蓮は一つの策にたどり着く。

「油断している大軍に奇襲をかける…ってことか?」

「おお、大体あってますよ。えらいえらい」

「ええい!頭を撫でるな!///


「お察しの通り奇襲ですが、これは少数精鋭で行います。気取られないようかつ迅速に…ですからお嬢」

「なんだ?」

「白馬義従から選りすぐりの騎兵千を貸してください。ただちに袁紹軍のもとに向かいます。お嬢はその間にできるだけ兵を集めて籠城の準備をお願いします」

それを聞いた白蓮は慌てて月渓を止めようとする。

「ちょっとまて!流石に千は少ないんじゃないか!?それに軍師のお前を行かせるのは…」

「ですがお嬢、俺以外は無理ですよ。お嬢は総大将だし、他の者達じゃちと武勇が足りない。その場で判断をすぐに下せるのも俺くらいだ」

白蓮は悔しげに承知した。

「わかった。だが、必ず生きて帰ってこい。無理そうなら引いても構わないからな」

「ふふ、もちろんですよ」

月渓は心配してくれていることに喜びつつも、ただちに出陣の準備に移ったのだった。





選りすぐりの白馬の騎兵千人を前に月渓は言った。

「選び抜かれし白馬の騎兵達よ!我々はこれよりこの瞬間にも侵略を続ける袁紹軍に奇襲をかける。恐れるな!敵は数ばかりの有象無象!怖れるな!我ら一人一人が選りすぐられた精鋭である!我らが敗れればこの地の民が蹂躙されるのだ!」

一言一言話すたびに兵士達の顔に緊張と鬼気が表れていく。

「行くぞ!我らの力を思い知らせるのだ!」

言葉と共に月渓は剣を振りかざし、一千の騎兵が出陣した。















一方、無人の野を行くが如く進軍を続ける袁紹軍では高笑いが響き渡っていた。

「オーホッホッホっホ!全く伯珪さんの軍は相手になりませんわね」

「麗羽様、まだ出城をいくつか落としただけですよ」

顔良が己の主をたしなめるが、文醜が気楽そうに同意する。

「そーそー。でも歯ごたえがないってのは賛成だよなー」

「ほとんど奇襲したようなものだもん。対応が遅れるのも仕方ないよ」

「そうだけどさぁ。ていうか斗詩、あんまり乗り気じゃなない?」

「当たり前だよー。伯珪さんも関靖さんも良い人だし、連合の時は手伝いもしてくれたんだよ?これじゃ恩を仇で返すようなものじゃない…」

度々助けられた経験のある顔良はこの戦を心良くは思ってはいなかったのである。

「確かに良い人だったけどさぁ、姫が決めちゃったからなぁ。それに、あたいは一度あいつと戦ってみたかったし」

「いいなぁ、文ちゃんはお気楽で」

「斗詩が考えすぎなんだよ」

「そんなことないよー。それに、関靖さんは武勇だけじゃなくて軍師としても凄いんだから相手にしたくない人だよ!」

顔良の泣き言が聞こえたのか袁紹がさも情けないと言わんばかりの表情をした。

「斗詩さん。貴女それでも袁家の武将ですの?」

「そうだよ斗詩ー関靖はあたいに任しとけば大丈夫だって。そんだけ強い方がむしろ燃えてくるっしょ!」

「その意気ですわ!斗詩さんも文醜さんを見習いなさい」

「麗羽様は戦わないからそういうことが言えるんですよー」

「何かおっしゃいました?」

「なんでもありませーん」

流石にこれ以上は拙いと思った顔良は話をそらす。

「ところで麗羽様。そろそろ野営をとろうと思うんですけど…」

「そうですわね。では野営の準備をしてくださいな」

「わかりました。それと、夜襲を受けるかもしれませんし、斥候を放っときますね」

「いりませんわ」

「はい?」

袁紹の言葉を理解できず顔良は固まる。

「名門の袁家に斥候などという小賢しい真似はひつようありませんわ」





「いやいや、姫。さすがにそれはまずいっしょ」

文醜もそれはまずいと思いとめるが

「必要ありませんわ。よろしいですわね!」

と、結局袁紹に二人とも押し切られてしまい、斥候やたいした警備もせず野営をすることとなった。

だが、当然の如くそれは袁紹軍に仇となって襲いかかることになる。

















「流石は袁紹。見事なまでの油断っぷりだな」

夜でなおかつ敵の領地にも関わらず、お粗末な野営の警備に月渓は皮肉気に笑った。

そした、剣を高々と掲げ、まだ深い眠りについているであろう袁紹軍に向けて突撃した。

油断の塊であった袁紹軍は月渓達の夜襲の前にただただ混乱するばかりであり、中には起きる間もなく息絶えた者もいる有様だった。

その間にも月渓達は袁紹軍の陣を切り裂いていき、時には火矢を使って物資を焼き払っていく。

とその時。

「関靖ーー!!!」

立て直した一部の兵を率いた文醜が月渓めがけて向かってきた。

「全軍撤退しろっ!」

それを見た月渓は袁紹軍全体が立て直す前に部隊を撤退させる。

「逃げるな!あたいと勝負しろ!!」

「悪いが今回は引かせてもらう。勝負はいずれしてやるさ」

挑発する文醜を軽くいなすと、瞬く間に去って行った。

「文ちゃーん!」

と、そこにようやく混乱を収めた顔良がやってきた。

「悪い斗詩…逃げられちまった」

「仕方ないよ。あっという間のことだったもん」

「やっぱ斥候とか警備を怠ったせいだよなぁ」

「だよねぇ」

「被害は?」

「まだはっきりは分からないけど笑えないかも…物資もそれなりに焼かれちゃったし」

「姫は?」

「かんかんだよぉ。たぶんまだ落ち着いてないと思う」

そう言って二人は袁紹がいる方向を向き溜息をついた。

「また来ると思う?」

「多分。まずいよなぁ…城に着くまで続くぞ斗詩」

「はぁ〜。それに、きっと麗羽様のことだからムキになって関靖さんを討とうとするんだろうなぁ」

夜襲によって思わぬ被害を受けた袁紹軍は、月渓の目論み通り夜襲に怯え、戦意を落とすことになったのであった。





夜襲にあってからの袁紹軍は悲惨の一言に尽きた。

毎夜夜襲を警戒しての物々しい警備、そして時間を問わず聞こえてくる馬蹄の音と馬のいななき。

日ごとに兵士達の神経は削られていった。

そしてなにより、夜襲による屈辱に怒った袁紹が、公孫賛軍の居城に向け無理な行軍を続けたことが痛かった。

はっきり言って、疲れた兵達の有様は敗残兵のようである。

だが、全てが月渓の思い通りかと言うとそうでもない。

最初の夜襲以降、袁紹軍の警備は過剰なまでになっており、逆にこちらが被害を受ける程であった。

その為、精神的にはダメージが多いが物理的ダメージは許容内と言える範囲で納まってしまったのだ。

さらに、無理な行軍は時間の短縮を呼び、このままでは篭城の準備が整いきる前に着いてしまうのも予想外であった。

馬鹿程考えの読めない相手はいないというわけである。損害が出てきた以上うつ手もなく、月渓は残りの騎兵を率いて城に戻ってきた。

「−−以上を持ちまして、報告を終わります」

月渓が白蓮の前で膝をつき敵軍の損害と情報、味方の被害を報告し終えると二人は溜め息をついた。

「楽にしていいぞ。ご苦労さん」

「いえいえ、お嬢も大変だったみたいですね」

「あぁ、軍の集まりがなぁ…せめて後少し時間があれば……」

「弁解のしようがありませんね…正直最初の夜襲で怖じけづくかと思ったんですけど」

「しかたないだろ。本初だし」

身も蓋も無い言葉である。

「こっちは一万五千、相手は夜襲の損害と潰れた兵を引いても約八万…だいたい五倍ちょっとですか」

なるべく軽い口調で言うが堪ったものではない。

城攻めは三倍必要というがその条件は余裕な程満たしているのだから。

と、その時一人の兵士が駆け込んで来た。

「申し上げます!袁紹軍を確認しました。後、半刻ほどで城前方に布陣すると思われますっ!」

ついに決戦の時が来る。

「来たか」

「そのようですね」

「半数の指揮は任せた。頼りにしてるぞ」

「任せて下さい。将兵一万五千、皆死力を尽くして戦ってみせましょう。この遼西群を治めるのは貴女以外に有り得ないのだから」

「月渓…///」

白蓮は見たこともないくらい真剣な月渓の言葉に、頼もしさと気恥ずかしさを覚えた。

そして−−

「袁紹軍、攻撃を開始しましたっ!」

「全軍死力を尽くして城を守るのだっ!弓隊、放てぇっ!!」

公孫賛軍一万五千の死力を尽くした防衛戦が始まった。





「今だっ!熱いのぶちまけてやれぇ!!」

月渓の掛け声と共に城壁の上から、登ってくる兵士に向けて大量の熱湯をかけられる。

そして、熱湯をかけられた兵士はそれこそもんどりうって落ちていった。

「いいぞ、その調子だっ!我らの力を相手に刻みつけろぉ−!!」

『オオォォォ−−ッ!』

開戦から数日、公孫賛軍は未だ意気軒昂だった。

イナゴのように群がる袁紹軍を月渓達はできる限りの手をつかって防いでいる。

それこそ熱湯に始まり、木の廃材やレンガ、果ては糞尿まで投げ付けるのだから受ける方はたまったものではない。

さらに、三人一組で一人は攻撃、一人は防御、一人は支援と役目を分けているため被害も軽微ですんでおり、寸断なく攻められても防御にほつれはでなかった。

そしてなにより…

「いいぞ、月渓達に遅れをとるなっ!」

皆が主君と仰ぐ白蓮が、率先して敵を防いでるのが自軍兵士達の士気を上げていた。

本来ならば大将が真っ先に矢面に立つのは褒められたことではないが、今はそれが幸を奏している。

共に戦うことで兵士達が白蓮に遅れをとるまいと奮闘していくのだった。















「いったい、いつになったら落ちるんですのっ!?」

袁紹は荒れていた。

これだけの数の差がありながら未だ城は落ちない…

ただでさえ気が短いのに、夜襲の屈辱でそれがさらに短くなっている。

「無茶ですよ〜。ただでさえ兵が疲れてるのに…それに向こうは徹底抗戦みたいですし」

「そ−そ−、それにあれがなぁ…臭うし」

一方の袁家の二枚看板はげんなりしていた。

力攻めで損害がきつい上に糞尿までなげられるのだ。

女としては近づくのさえ嫌だろう。

しかし、そんな前線の事情を袁紹が知るわけもなく…

「おだまりなさいっ!それでも名門袁家の将ですの!?」

「でも麗羽様、城壁の防御に近づくのが精一杯で」

「なら、城壁にいる兵を片付ければ良いでしょう!」

「いやいや、それができたら苦労しないですって…上から攻めるでもしなきゃ…」

「文ちゃん…城壁より高くなんてどうやったら…」

「それですわっ!!」

突然、袁紹が声をあげた。
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