竜の小説集

□拍手連載:真・恋姫†無双〜劉虞伝〜
1ページ/7ページ

「ねぇ、これで働けとか馬鹿なの?死ぬの?」

突き返すように竹簡が投げ返される。

そこに書かれているのは税収や地域の運営に関すること、おおまかに言ってしまえば領地の経済に関すことであり、それらの仕事の方針、誰に任せ、何を目的とするのかということだ。

投げ返された側の手には他にも幾つもの竹簡が抱えられており、どれだけ真剣に政治を行おうとしているかが分かる。

主の前であるため身なりは綺麗に纏められているように見えるが、衣服の乱れから恐らく寝食を削って書きあげたのだろう。

しかし、それら全ては目の前の主によって投げ返されてしまった。

傍から見てもそれはないだろうという扱いであり、本人からすれば噴飯ものの仕打ちである。

「申し訳ありません!今一度書きなおして参ります!」

ところが、突き返された本人は俄然やる気を見せ、疲れをみせるどころかギラギラとやる気をにじませながら退室していく。

「(やはり私は間違っていなかった!あの人を馬鹿にしたような言動も、政務をほとんどなさらないのも、考えられてのことだった)」

彼の内心を言葉にするならば、このような感じになるに違いない。

そこには怒りもなければ、失望も哀しみもない。

あるのは、優れた主君に仕えることのできる喜びであり、荒れていく国の中で見つけた希望であり、やりがいのある仕事の楽しさだ。

主君の名士や民衆からの評価を考えてみれば当たり前のことであり、その英明さと民衆を思う慈悲深さと徳を見抜けなかった自身の浅慮を恥じるばかりである。

彼が主君と呼ぶ存在がこの地――幽州――に赴任してきたのは、一年ほど前であろうか。

聞けば光武帝の長男である東海恭王劉彊(りゅうきょう)の末裔であり、祖父は光禄勲を務め、考廉に推挙され、郎になった後、ここに赴任してきたという。

しかも、若いときた。

地方の反乱や政治の乱れによって皇帝の権威が陰り、考廉による推挙は権力者と豪族の癒着によって本来の意味をなくしている中で若く家柄の良い人物……欲に塗れた俗物か傑物のどちらかだが、誰もが前者であろうと考えていた。

だが、答えはどちらでもなかった。

赴任してきてまずやることは官吏の掌握、豪族や土地の有力者への挨拶なのだが、主君は何もしなかった。

そう、本当になにもしなかったのだ。

やったことといえば、数人の官吏を昇進させ、仕事を任せると命じただけである。

なんともいえない気分になりながらも、任命された以上は職務に励み、裁可を頂くべく主君のもとに行くのだが――

――例外なく、全てのものが竹簡を突き返されたのである。

もっと簡単に、分かりやすく、量は少なめに、そんな言葉と共に幾度となく竹簡を突き返され、自分たちがこれほど懸命に考えて働いているのに、執務室に籠り、街中を散歩する主君に不満が溜まっていく日々。

俗物でも傑物でもなければ、ただの無能であったか……そう思った矢先、一つの変化が訪れる。

以前よりも仕事がしやすい、部下がよく働くようになった、仕事が楽しい――

そんな声が下級の官吏や現場の人間から聞こえるようになったのだ。

これはどういうことかと調べてみれば、理由は官吏全体に政策が理解されているからであった。

何を当たり前のことをと思うかもしれないが、自分の仕事が何のためのもので、何をするべきかをしっかりと全員が理解するというのは現代でも困難なことなのだ。

まして、識字率が低く官吏の質も玉石混合な時代ならばなおさら。

にも関わらず、どうしてそれができたかといえば、ひとえに主君が幾度となく突き返したからだ。

何度も内容を精査させられ、簡略させられた内容は、分かりやすく、簡単で、量の少ない誰でも理解できるようなものになっていたのである。

その上、より内容が深く議論されて質が上がるというおまけ付きで。

如何に自分たちの考えていた内容が理解されにくいものだったか、一人よがりのものであったことが見せつけられ、それに気付かせてくれた主君に対する評価は一変した。

そして、働けば働くほど主君の素晴らしさを実感するようになった。

――失敗をしても、再び仕事を任せられた。

失敗を糧にし、経験を得たある官吏はその分野において優れた結果を残すようになった。

――裁可を下す以外の仕事をほとんどしない。

我々を信頼して任せて下さっているのであり、上に立つ者の仕事は許可を与えることだ。正に理想の主君と言えよう。

――異民族にも平等に接している。

力でなく、徳を以って異民族を従えているのだ。結果として周辺の異民族は心服し、良質の馬と多くの働き手を手に入れることができた。

もはや、官吏に限らず民衆の中にも主君を疑う者はいないと言えた。

民族に悩まされ、辺境であるため税収も少なかった幽州が僅か一年で立て直されつつあるという事実は、遠く都まで届き、名士や民衆の間で噂されている。

素晴らしい主君と、同じ志を持つ官吏、やりがいのある職務、なんと充実した生活であろうか。

「よし、これでよいだろう」

改めて書きなおした内容を確認し、主君の元へ再び持っていく。

そして、流すように読まれ、一言――

「御苦労」

――喜びを噛みしめるように、小さく握り拳を作る。

「今年は問題なく年を越せると皆喜んでおります。それもこれも、劉虞様のおかげでござます。これからも、そのお力を幽州の民たちの為にお使い下さい」

官吏一同力を尽くす所存にございます。そう述べて、直ぐに退室する。

故に、主君――劉虞の呟きを、彼が聞くことはなかった。





















「今年は問題なく年を越せると皆喜んでおります。それもこれも、劉虞様のおかげでござます。これからも、そのお力を幽州の民たちの為にお使い下さい。官吏一同力を尽くす所存にございます」

「…………え、なにそれ恐い」

特に働いた覚えないんですけど……そんな内心を抱きつつ、劉虞は執務室の椅子にもたれかかる。

官吏の言葉も民衆の評価も台無しにするような思いだが、劉虞からしたらただ働きたくないと主張した覚えしかない。

転生して、血筋と家柄が良かったので、これ幸いと親の脛を齧ろうと御機嫌をとれば知らないうちに考廉に推挙され、朝廷に入って郎となった。

派閥とか面倒なのでなるべく引き籠って仕事を泣く泣くこなしていると、何故か幽州刺史に任命される。

州の政治的トップともいえる役職であり、面倒事から離れて引き籠れそうだと快諾してみれば、あるのは竹簡の山、山、山。

働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござると言わんばかりに、シュミレーションゲームで見覚えのある名前の官吏を幾つか抜擢して、仕事を全て押し付けた。

そして、いちいち竹簡なんて読んでられないので、理由をつけて突き返しまくったのだが、何故か官吏は次々に書きなおして竹簡を持ってくるようになり、しょうがなくぱっと読んで許可をだせば上がる評価。

ついには、官吏一同から感謝の言葉まで貰ってしまった。

「いや、働かないよ?聖帝様も言ってたし、労働ゆえに人は苦しまねばならぬって」

労働などいらぬ!と、雰囲気だけはそっくりだが、内容はただのニートの発言である。

その徳によって多くの民衆や異民族から慕われ、武を用いず治めることから聖人君子と評される劉虞だが、その実態はたんなるニートであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ