竜の小説集

□外史程普伝まとめ(未完)
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劉表との戦が始まった。

袁術も動くかと思ったが静観の姿勢らしい……逆に不気味だ。

戦いは今の所順調と言えるだろう。

水上の戦いはこちらの方が上手だし、数も多い。

思春がいてくれたおかげもあるが……

ちなみに思春というのは甘寧の真名だ。

俺が蓮華様の護衛に推薦したのを知ったからか、俺を認めたからかは分からないが真名を許してくれた。

その為、前より彼女と打ち解けて話せるようになり、蓮華様共々良いからか……癒しになっている。

二人共、騒ぐタイプじゃないし、時折見せてくれる照れが素晴らしい。

早く、帰って二人と茶を飲みたいものだ。

陸上での戦いも数はこちらが多いし、すぐに城は落ちるだろうから大丈夫だと思う。

心配の種だった孫堅様の死については、なるべく傍らにいるようにして注意するしかない。

杞憂のまま終わってくれればいいんだが……












Side孫堅

「引けぇ!退却だぁぁ!!」

逃げる劉表軍を見て、私はつまらない表情を浮かべる。

今回の戦を決めてからというもの、月渓は異様なまでに劉表軍の情報を探ったり工作員を入れていた。

訳は聞かなかったけど、それほどに強敵なのだろうと思って楽しみにしていたのに実際は――

「呆気ないわね……」

苦戦らしい苦戦もない。

目立った将すらいなかった。

雪蓮ですら歯ごたえのなさそうな顔をしている。

これなら蓮華も連れてくれば良かったかしら?

「孫堅様、追撃部隊を出しますが良いですね?」

追撃か……丁度いいわね。

「私が出るわ」

「お待ち下さい!追撃と言っても油断なりません。伏兵でもあれば危険です」

「大丈夫よ。もう向こうの軍は崩壊してるし……それに、物足りないもの」

「……分かりました。その代わり、私も同行します」

「良いわ。それにしても、あなた……今回はやけに心配するのね」

「何が起こるかわかりませんから」

「そう。じゃ、行くわよ」

「はっ!」

月渓を連れて、私は退却する劉表軍の追撃に出た。

散発的な反撃はあるけど、相手はひたすら逃げている。

このまま城になだれ込むのも良いかもしれない――

「孫堅様っ!!!」

「えっ?」

ふと、自分の胸に矢が刺さっているのに気づいた。

まわりを見れば数え切れないくらいの弓兵に囲まれている。

やられた……この時の為に力を抜いてたのか。

「退けぇぇ!」

月渓の声をきっかけに弓の雨が降る。

体に力が入らない。

薄れる意識の中、月渓に抱き上げられるのを感じた。




孫堅様が亡くなった。

油断したつもりは無かったが、最後の最後で詰めを誤った。

九割九分勝っていたにも関わらず、呉軍は敗走。

本拠地の建業に戻った時には、おそらく三千もいなかっただろう。

かくいう俺も、孫堅様を連れて引く時に負傷してしまった。

孫堅様の遺言は、墓はひっそりとした場所に立てて欲しいということと、俺と祭殿に娘達を頼む……それだけだ。

蓮華様と小蓮様は悲しみのあまり引きこもってしまったし、雪蓮様もショックを受けている。

なんとか慰めてあげたいが、そうもいかない。

主を失った呉は、急速に没落し始めているからだ。

従っていた連中は次々に手の平を返していき、沈黙を保っていた袁術も介入しだした。

雪蓮様がまだ呉の王として立てられない今、なんとしてでも、いずれ決起できるだけの力を残さねばならない。

託されたものの為にも、俺はなんだってしてやろう。

孫堅様の為にも。















Side祭

「ええい!あやつらも裏切りおったか!!」

堅殿が死んでからというもの、従っておったやつらはことごく離れてきおった。

このままでは、旧臣達すら養ってやれんかもしれん。

改めて、堅殿の大きさがわかるというものじゃ。

せめて、後少し時間があれば策殿が跡を継いで皆を抑えることが出来たというに……

しかし、どうしたものか……苦々しいことに袁術が名門の力に有無を言わせて勢力を広げだしておる。

冥琳も言っておったが、このままでは儂らが傘下に入れられるやもしれん……

儂は武官じゃから、なかなか考えが浮かばん。

「そうじゃ、月渓に聞いてみるか」

あやつなら何か良い案を出すかもしれん。

信頼もできるしの。

「月渓、入るぞ……!?」

部屋に入った儂の目に入ったのは調度品のかけらもない殺風景な光景と、旅支度をしている月渓じゃった。

「何をしておる月渓!まさか、お主まで雪蓮様達を裏切る気か!?」

思わず掴み掛かるが、月渓は冷静に訳を説明しだした。

「裏切る訳がなかろう。私とて孫堅様に託されたのだから……」

「ならば、なぜ旅支度をしておる!?この部屋はなんじゃ!?」

「調度品は売った。私の財産も含めてな……この金で――――する。これが現状で最善の策だ」

「なっ!?……お主はどうなる?」

「ここにはおれまい。なに、雪蓮様が起たれればまた会えるだろう。頼んだぞ」

「馬鹿者が……任せておけ」

支度を終え、出ていく月渓に、儂はそれしか言えんかった。





大金を持って呉を出た俺は、洛陽へと向かった。

俺がやろうとしている事は決して褒められたものてはない。

なぜなら――

「これで、どうかよろしくお願い申し上げます」

「ほっほっほ、よいでしょう。孫策とやらを建業の大守とし、官位も授けましょう」

「ありがとうございます。曹節様。この程普、感謝の念に絶えません」

「なになに、そなたの国への忠義が認められただけよ」

――金で官位を購おうというのだから。

十常侍に多額の金銭を渡し、官位を得るというこんな世の中だから通じる方法だ。

だが、これで建業だけではあるが名実共に雪蓮様のものとなった。

後は袁術をどうするかのみだが、金は無いしあっても名門袁家には意味がない。

文字通り、我が身をもって呉の安全を購うつもりだ。

江東の虎の重臣が臣従すれば、自尊心を満たすだろう。

自分の名声がこんなところで役立つとは……

そういえば、蜂蜜を持っていくと良いらしいが何故だろうか?















side冥琳

「どういうことよっ!?」

「落ち着きなさい、雪蓮!」

祭殿につかみ掛かる雪蓮をなんとか抑える。

「言った通りじゃ。月渓は袁術に降ったと」

だが、祭殿の言葉に私も大きく心を乱していた。

ことの始まりは、月渓殿の突然の出奔。

その知らせに私と雪蓮は愕然とし、一先ず祭殿を呼ぶ事にした。

だが、祭殿は至って冷静に「知っておる」と答えたのだ。

どういうことだと問いただすと、出てきた言葉は信じられないものだった。

「だからなんでよ!?なんで月渓が袁術のとこなんかにっ!!」

「あやつが動く理由など一つしかあるまい」

「っ!? まさか……」

そこで私は一つの答えに辿り着く。

「そうじゃ。月渓が己の身をもって孫呉の安全を買ったのじゃよ」

「しかし、祭殿……それだけでは――」

「それだけではない。あやつは私財を全て処分し、その金で策殿を建業の大守にすると言っておった」

私も雪蓮も絶句した。

確かにこれで孫呉を保つことはできる。

だが……

「月渓は、月渓はどうなるのよ!?」

「わからん。しかし、良い目にはあわんじゃろうな」

恐らく耐え難い屈辱を受けるだろう。

袁術のもとにいるのは名門をはなにかけ、相手を見下す者ばかりなのだから。

「そんな……」

「月渓の想い……無駄にしてはなりませぬぞ」

悔しさと申し訳なさに、雪蓮の手は白くなるほど握りしめられていた。





正直…………訳が分からない。

俺は、断腸の思いで袁術の下に来たはず……

卑劣にも呉の領土を掠め取った袁術のことだ。

どれ程の下郎かと覚悟していたのに……

なのに……

なのに…………

なのに――――

「ななの!わらわははちみつすいをしょもうするのじゃ〜」

「ダメですよ−お嬢さま。今日の分はもう食べたじゃないですか−」

「い−や−な−の−じゃ−!」

すげぇ癒される……

袁術のなんて愛くるしい馬鹿なことか。

雪蓮様は活発過ぎたし、蓮華様はもっと大人しかったし、小蓮様は少々マセてるから新鮮だ。

しかし、袁術がこんな幼子だったなんて……

張勲という少女が補佐しているようだが、半分は傀儡のようなもの。

後は名門をはなにかけた奴らが好き勝手してるのだろう。

蜂蜜を上げたら呉には手を出さないようにしてくれたし、しばらくはこの子達を守るとしようか。

「袁術様、蜂蜜飴食べますか?」

「たべるのじゃ−♪」

現代の養蜂家の真似でもしてみようかな……















side蓮華

「そんなっ!?」

私は耳を疑った。

いや、私だけじゃない。

傍らの思春も、口には出してないだけ。

何故なら――

「言った通りよ。月渓は、私達の為に袁術へ降ったわ。ま、人質みたいなものね」

父や兄のように慕った月渓がそんなことになってるなんて……

「何故ですか!?何故、月渓を!!」

「それは違うぞ権殿。あやつは、孫呉を守る為に自ら行ったのじゃ。策殿にも黙ってな」

「なんで……」

人質になったからといってどうにかなるわけがないのに!

「しかし、雪蓮様。人質になったからといってこの現状を打破しきれるものではないかと」

疑問をあげる思春に姉様が答える。

「それも、月渓が解決してくれたの。私は朝廷から、建業の大守に正式に任命されたわ」

「月渓殿が位を買ったのですよ。私財を全て使って」

加えるようにいう冥琳の言葉に私は言葉を失う。

どうしてそこまで月渓は……

「蓮華。月渓は私達の為に力を残してくれたのよ。いつか、立ち上がる為の力を」

「姉様……」

「必ず私は国を、月渓を取り戻す」

そうだ。

月渓の為にも……

「もちろんです。姉様。絶対に月渓を迎えに行きましょう」

姉様と私の言葉に、他の三人も頷く。

待っててね、月渓!
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